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​◆8.和解?(3)

 あやさんと共に、二階の自室へと階段で向かう。

 部屋に着いてから鞄はベッドの上に、ノートは机の上に置いた。

 

「あの……柚希くん、ちょっと聞いてもいい?」

「どうしたの?」

「二人が怪物関連のことを調査しているのは、問題を解決する為というのは分かるけど……二人はまだ学生で、一般人よね……? どうしてそこまで……?」

「あははっ、それよく言われてるよ。そりゃあ、俺達みたいな学生に何が出来るんだって思うのが普通だよね。悔しいけど、実際にそうだろうし」

「い、いえ……! そこまでは思ってないわ! ただ、二人がそこまで頑張る理由が気になって。だって、下手したら危ない目に遭うかもしれないのよ、心配だわ……」

「そっか、気にかけてくれてありがとう。あやさんには怪物のことしか説明出来てなかったよね。確か出会ってすぐの時に、あやさんはもしかしたら怪物による被害者かもしれないって話をしたと思うんだけど……俺達は実際に、その被害者だったりするんだ」

 

 そこで俺は出来るだけ分かりやすく簡潔に、怪物とその被害者についてのことを説明した。怪物のもつ“黒泥”という有害物質が攻撃された際に身体に入り込み、それによって被害者は大変な思いをしていること。未だ完治させる治療法は見付かっておらず、ただ薬で嫌な症状を抑えつけ少しでも進行を遅らせることしか出来ないこと。それから……侵黒者が遅かれ早かれ最終的に、いつ目覚めるかも分からない“昏睡状態”に陥ることになることも。

 あやさんは、俺と恋羅が侵黒者であることに心底驚いているようだった。“全然そうは見えなかった”と……最初に何故か謝られもしたが、それはいま処方して貰っている薬のおかげで、普通に見えているのならむしろ良いことだと俺は丁寧に返した。

 

「俺達がいま頑張ってることは、正直そんな大それたことじゃない。ただ一被害者として……少しでも抗って、真相を知りたいってだけなんだ。何も分からないまま、もしかしたらこれで一生が終わりなんてこと誰だって嫌でしょ?」

「そうね、よく分かったわ。怪物に、その被害者……思っていたより事態は深刻だったのね。私も今みたいに柚希くんと話せなくなってしまうのは嫌よ。怪物のことだけじゃなくて、被害を受けた人の治療も上手くいくと良いわね……私も出来ることがあれば良いのだけど」

「ありがとう、俺もそう願ってるよ」

 

 あやさんは、話を聞いているだけでもとても辛そうな顔をしていた。それだけ、俺達のことを想ってくれたんだと有り難く心が温まるような気持ちになった。

 そうだ、このまま戻る前に……もう少し、あやさんと話してみようかな。具体的には、恋羅が居るとやりとりしづらいことを。

 

「あやさん。実際に会ってみて、やっぱり恋羅は恐いかな?」

「あっ、そうね、まだちょっと……でもいずれ仲良くなれると良いなと思ってるわ、柚希くんの大切なお友達だもの。柚希くんは恋羅くんと、とっても仲が良いわよね。凄いわ」

「そう見える? なら、良かったけど……」

「ええ。話し合いの時とか、度々言い争っていても、なんだか微笑ましかったわ。何でも言い合えるほど、親しいってことよね」

「“何でも”か……はは、案外そうでもないよ」

「どうして?」

 

 しまった……この手の話題はどうも掘り返したくないのに、余計な一言を付け足してしまったせいで思わぬ墓穴を掘ってしまった。

 何でだろう、あやさんのこの純粋で柔らかな態度と言動が、話しやすさに繋がっているのだろうか……とんだ罠だ……。

 しかし未だ悩み多き彼女に、暗くて重い俺の過去話をするのは、返って気遣わせてしまうんじゃないかと思うと気が引ける。

 

「……もしかして柚希くんも、恋羅くんのことが恐いとか?」

「え?」

「深刻そうな顔をしてたから……」

 

 ……恐いなんて、全然そんなこと無い。

 でも、ここで黙ったままだと肯定の意味に捉えられてしまうかもしれない、俺のせいで恋羅の印象が悪くなってしまうのは避けたいな……訂正しなければ。

 ただでさえ、恋羅は誤解されやすいんだ。そうじゃないのに。

 

「……ううん、あやさん。全然、恋羅は恐くないよ。大丈夫。俺は昔から恋羅とよく一緒に居たから、本当はとっても他の人に気を配ってて、色々手助けしようとあれこれ動いてくれる優しい人だってよく知ってるんだ。ただそれがあんまりバレたくないみたいで、影でこっそりとしてばっかりなのが困るかな。全部ありがとうって言いたいのに。だから、みんな気付けなくて誤解しちゃうんだ」

「! そうなの、少し印象が変わったわ」

「うん、俺はそんな恋羅が昔からずっと憧れなんだ。小さい頃の俺は引っ込み思案だったから、あんな風に率先して人を沢山手助けしてあげられる人になりたいって思った……今の様子だと信じられないかもしれないけど、昔はもっと明るくて表情も柔らかくてよく笑ってたんだ。小学校時代はいわゆる学級委員長タイプというか、実際になってたけど……あ! ごめん、べらべら喋りすぎた!」

「ふふっ、良いの! 恋羅くんのことが恐いだなんて、私の勘違いだってよく分かったから! 全然違ったわね!」

 

 あやさんはそう言いながら満面の笑みを溢した、それにつられて俺も笑った。さっきまでの重い空気は、俺の恥ずかしい饒舌で長々とした語りのせいで完全に取り払われしまったようだ。まぁ、結果的には良かったのか。

 

「ふふっ、じゃあ柚希くんの優しさは、恋羅くん譲りなのね」

「はは……それもあるかもね。えっと、俺が言いたかったのは、そんな恋羅とでも話しづらいことがあるってことで……」

「なるほどね。えっと、無理なら言わなくてもいいのだけど……理由を聞いてみてもいい? 私も何かしら配慮した方がいいのかと思って、二人の間で不味いこと言っちゃったらよくないでしょ?」

「……そう、だよね…………」

「ほ、本当に無理しなくていいのよ!?」

 

 俺の意味深な発言のせいで、あやさんのことを困惑させてしまったのは確かだし、今後それを彼女に訳も分からないまま気にし続けさせるのも酷だろう。話すには少々気は引けるが、ひたすらに心のうちに溜め込んでいても、仕方がないのかもしれない。

 一度、勇気を出してみるか。

 

「ううん、少し聞いてもらっていいかな……? えっと、俺が侵黒者になったのは、五年前に初めて怪物が大量に出現した時だったんだけど、その時のある出来事が原因なんだ……」

「ある出来事……?」

「うん。俺と恋羅は一緒に外に居たんだ。春休み中でね、もうすぐ中学生になるって時期だった……まだ未知の存在だった怪物が色んな場所から急に出現して、周りの人達がどんどん襲われ始めたんだ。街中はもうパニック状態で、俺達にも怪物の鋭い爪が迫ってきた。ただ、それが先に振り下ろされようとしてたのは恋羅の方で、目の前にした俺はそれを止めたくて咄嗟に守ろうと駆け出しちゃったんだ。それが、結果的に恋羅を庇う形になっちゃって、俺は背中に怪我を……恋羅はそのとき無事に済んだのに、ずっと気にしてるんだ。俺が怪我したのは、“自分のせい”だって罪悪感を抱いてる」

「そんな……悪いのは怪物じゃない。過去の自分を責め立てるのはよくないわ。柚希くんだって、その年齢で友達の為に動けたのを誇るべきよ……!」

「俺も、そう思いたい……けど、俺はその後すぐに入院して暫くまともに話せる状態じゃなくなったし、恋羅とはそれで疎遠になっちゃって……罪悪感を抱く必要なんて無いんだよって否定してあげる機会も見つからないまま、今まで時間が経っちゃったんだ。このままじゃ良くないって分かってるけど、今更掘り返してまで話す勇気も出ない……恐いんだ。俺もこんな結果になるんだったら、あのとき本当はどう動くのが正解だったんだろうって、何度も思い返して悩んじゃう……」

 

 その数年後、桜日に入学したことで再会を果たせたのだが、まさか恋羅が侵黒者になってしまっていたなんて……その経緯を俺は知らない、向こうも話したがらないから追及していない。

 けれど、少し…………ほんの少しだけ、昔の自分がやったことに意味はあったのだろうかと一瞬思ってしまった。大切な友人に、ただ罪悪感を植えつけただけになってしまったのではないかと。

 現状だと、結局は陽厦の都市に住む人間誰もが怪物に襲われる可能性があり、実際に人々はいとも簡単に侵黒者になり得る、これはただの時間の問題でしかなかったのか……昔の自分が愚かに思えて、虚しさが込み上げた。

 今はもう、辛くなるだけなので考えないようにしている。そんな想いを経験したからか、先程のあやさんの“友達の為に動けたのは誇るべきだ”という言葉はひそかに胸に沁みた。昔の自分が、今になって救われた気分だったのだ。

 

「今は普通に仲良く見えるだろうけど、これも…………恋羅は昔の出来事の罪悪感で、やけに俺を心配して色々手伝ってくれたりしてくれるんだって、沢山の時間を奪って苦労掛けてるなって時折思ってならないんだ……こんなの、まともな友人関係とは言えないよ」

「実際に、そう言われたの……?」

「ううん、でも絶対にそうだって分かるよ。恋羅は今も罪悪感に苛まれてるし、全然忘れてなんかない。直接的なことは言わないけど、ずっと苦しんでるんだ……」

 

 前に二人で病院に行って検査を受けたあと、恋羅は確かに俺の現状に対して“自分のせい”だと溢していた。俺にとっては、もう二度と聞きたくなかった辛い言葉だ。とても心が痛い。

 

「色々思うことはある……恋羅も多分そうなんだ。でも、この話題はお互いに辛くて悲しいことでしかない。今の穏やかで平和な関係を維持するには、もう無かったことみたいにして穏便に避けていくしかないんだ……それが、“何でも”話せるわけじゃないって否定した理由だよ」

「そうだったの……難しい問題ね。恋羅くんの警戒心の強さも、柚希くんにまた何かあったら嫌だからなんでしょうね。でも、恋羅くんは本当に柚希くんと話してて楽しそうに感じたのよ。絶対に罪悪感からなんかで、優しくしたり仲良くしてくれてるわけじゃないと私は思うの」

「そうかな……そうだと良いね。ごめんね、今はもっと重要なことがあるからいいんだ。とりあえず、あやさんに色々聞いてもらえて少し心が軽くなったよ。ありがとう。えっと、恋羅にこの話は内緒で……」

「ええ、分かったわ。……でも、私がいま柚希くんに助けてもらってるように、いつの日か私からも柚希くんを助けてあげられるようになれると良いなって思うわ。今は大変かもしれないけど……私が出来そうなことなら、存分に頼ってちょうだいね!」

「! あやさん……うん、分かったよ」

 

 本当に、優しい人だな……申し訳ない気持ちで胸が痛くなる。

 そうして難しい話し合いも、早々に切り上げたところで。再び居間に戻ってからは、家族と友人達と共に甘いものを食べて穏やかな時間を過ごした。

 今日はパンケーキを焼いてみたのだが、トッピングとして滑らかなチョコクリームを上からたっぷり垂らし掛けて、切り分けたバナナを何個か添えたチョコバナナ風にしてみた。仕上げにミントも添えてお洒落にしてみる。うん、我ながら良い感じに出来て満足だ!

 出来上がったパンケーキを水無月も恋羅も美味しいと言ってくれて良かったのだが、唯一あやさんだけは幽霊状態により食べさせてあげられないのが残念だった。彼女とも、一緒に美味しいものを食べられる日が来ると良いけど……。

 

 とりあえず、今日一日はゆっくり休もう。

 明日には、あやさんに関してもっと有力な情報が得られることを願う。彼女がいち早く、安心して楽しく過ごしていける日々を迎えられるように。そのためには……俺も余計なことなんて引き摺らず、さっさと忘れるようにして元気に頑張っていかなければ。

 

 そう考えて、ふと……怪物が黒泥を介して記憶を消せるというのなら、この呪いのようにずっと纏わり付いてくる昔の過ちも忘れさせてはくれないものかと思ってしまった。

 あれ以来、間違った選択をしてしまう自分のことがどうしても許せないままだ。それだけじゃない、俺は周りに散々迷惑を掛けてばかりだ。

 そして、それ以上に――愚かしくも、そんな想いを抱えたまま終わりたくないと強く願っている。

 “数々の過ちを上書きしていくように、それ以上の善行を沢山積んでいって、より良く正しい人間として、いつの日か自分の存在を許せるようになりたい”……俺が怪物騒動の解決や困っている人を手伝うことに全力を尽くす動機と理由の一部には、実のところそんな身勝手なものも含まれているのかもしれない……。

➡9話(未) 次回更新予定

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