
◆0.プロローグ
周囲を海に囲まれた広大な都市【陽厦(ようか)】。
都市の要となる『中枢機関』の大きな建物を中心に、涼嵐(すずらん)・夕雨(ゆうあめ)・花曇(はなぐも)・星雷(せいらい)と計四つの移住区がぐるりと形成されている。住民達の割合は人間が多くを占めるものの、基本的には様々な種族が共存している。
【陽厦】では、五年前のとある騒動をきっかけに不気味な“黒の怪物”が出現し始めるようになり、以来人々が襲われる事態となっていた。それだけに留まらず、彼らの持つ特殊な“毒”による身体への悪影響・被害は甚大なものとなって、尚も拡がり続けている。被害者は増え続けていく一方だった。
“怪物騒動”と呼ばれているこの問題は、今もまだ収束させられずにいる。被害者の受けた恐怖と苦痛も、心に深い傷跡を残して消えないままだ。
俺も、その被害者の一人だった。
長い入院生活を経て、退院してからはずっと家に籠り、こんな状態では難しいと中学にも通えなくなった。数々の後悔と痛みが積み重なっていった。心も身体もぼろぼろだった。
もう死んでしまいたいと、何度包丁を手に取り見つめていただろう。結局は、そんな勇気も出せずに虚しく生き続けた。
本当に、真っ暗な日々を憂鬱に過ごした。
それでも、俺はなんとか立ち上がってここまで来た。
あと、一歩だ。
恐怖に苦痛……傷跡は変わらず残ったままかもしれないけど。
少なくとも、これから良くなっていく筈だ。
これまでの全てが、今ここで終わろうとしている。
俺が、この手を下せばいいだけなんだ。
「………………」
……本当に、これでいいのだろうか?
今まで過ごしてきた、この場所と大切な人達のことを考える度にどうしようもなく胸が痛くなる。もう、悲しい光景なんて見たくなかった。またこの場所が、平穏になってほしい。
でも、これからやろうとしていることは……こんなことをしてしまったら、【陽厦】の都市全体が大きく変わってしまうんじゃないか。そんな重大な決断を、俺がこの手で下せと言うのか?
願うだけでは意味が無い。
自ら向き合って行動しなければ、何も好転しないんだ。分かっている、分かっているのに……どうすることが正しくて、何が正義なのか、今まさに揺らいでいる。後戻りの出来ない決断を迫られて、とても恐い。
俺の手は……情けなく震えていた。
耐えきれなくなって顔を上げると、俺と同じ様に傍で座り込む“彼”が、俺を静かに見据えていた。真剣に、訴えかけるような強い眼差しで。
それを見て、弱々しくなっている自分のことが一気に恥ずかしくなった……こんなの駄目だ。俺は震えを止めようと、手をグッと強く握り込んだ。
「大丈夫……」
俺はずっと、こんな惨劇を終わらせたかったんだ。その為に、今まで必死に頑張ってきた。それなら選択肢は一つ、やるしかない。
………………。
俺は一度、大きく深呼吸をして――強く覚悟を決めた。
大丈夫、きっと、なんとかしてみせる。俺はその為に、今も生き続けているんだから。この先どうなるかは分からない、けど……俺が今まで信じて進んだ道が、決断したことが、どうか明るい未来に繋がりますように。