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​◆1.衝撃の出会い(1)

 季節はすっかり、冬へと移り変わろうとしていた。
 時刻はお昼時……外はひんやりとした空気が流れており、頭上では陽の光が街全体を射している。清々しいほどの青空だ。
 先程まで屋内に居た視界ではすぐにはその明るさに慣れず、俺は堪らず眩しさを感じた。それでも眩い陽の光は、冷える身体にほんの少しの暖かさを与えてくれるようで心地が良い。

「…………」
「柚希? 大丈夫?」
「あっ、ごめん! ぼーっとしてた……」

 どうやら無意識に立ち止まってしまっていたようで、俺は少し恥ずかしくなりながら苦笑いを漏らした。学校の授業が終わり、俺は友人と共に校舎から外へ出ていくところだった。立ち止まっていた歩みを再び進める。
 俺の横を並んで歩く、気怠そうな茶髪の友人は咲雪恋羅という。お互い家族ぐるみで昔から親交があり、俺と恋羅は小さな頃から長く一緒に過ごしてきた幼馴染みだ。途中疎遠になることもあったが、有り難いことに今はこうしていつも仲良くしてもらっている。
 俺にとって、親友とも呼べるような大切な存在だ。

「体調悪い? 何かあったらすぐに言ってよ……」

 恋羅は引き続き、その赤い目で心配そうに俺を見ながら話し掛けてくる。そんな細かいところまで気にしなくて良いのに、俺は恋羅に対して笑って言葉を返す。

「平気だよ、大丈夫だから。もうそろそろ寒くなってきたかな」
「そうだね。風邪引かないようにしよ」
「うん」

 俺はいま長袖の上に黒のコートを着込んでいるのだが、今の気温はこれくらいでギリギリ耐えられるように思う。対する恋羅は黒のタートルネックに、厚みのある灰色のパーカー……そこにマフラーと手袋をして、きっちり防寒対策をしている。とても暖かそうだ。
 何気ない話をしながらのんびりと学校の敷地を歩いていると、出口の校門付近に植えてある大きな桜の木がハッキリと見えてくる。一般的に桜は春に咲くイメージで、冬に咲くなんてことは聞かないだろう。しかし、ここに植えてある桜の木はなんと品種改良が為されていて、季節に関わらず一定の周期で桃色の綺麗な花びらを溢れんばかりに咲かせる。この桜の木はまさに、うちの学校名である『桜日』に上手く掛けたような存在感のあるシンボルとなっている。今は丁度開花をしていて、俺はその花びらがそよ風に揺れる光景を見るのがとても好きだった。あまり風が強いと早く散ってしまうから、今吹いているこの寒風もあまり酷くならないといいな。
 そんな感じでのんびりと歩みを進める俺達とは打って変わって、お次は後ろから一人が急ぐような足音を立てて駆けて来る。彼はあっと言うにこちらを越していくと、俺達に気付いたように振り返って声を掛けてきた。

「柚希~!   恋羅~! また明日な~!」
「あっ! 理途夢……! また明日!」

 元気に声を掛けてくれたのは、同級生の舞風理途夢だった。
 緑色の綺麗な髪は肩にギリギリつくような長さで、それを下の方で結わいている。理途夢は金色の目を輝かせ、とても明るい笑顔でこちらに一度大きく手を振ると、すぐに先へと走り去っていってしまった。彼の活発さは、こんな寒さでもハーフパンツ姿で走り回っていることからも分かるだろう。上に着ているジャージが、ちゃんと暖かいと良いんだけど……。

「ちょっと待ちなさいって! あんた急ぎ過ぎよ!」

 続いて理途夢を追うようにまた一人が走っていった。先ほど見たような、緑色の綺麗な髪が風で靡いている。彼女は理途夢とは少し色の違うジャージを同様に着ていて、下は白のスカート姿。
 彼女の名前は舞風緑で、理途夢とは双子の姉弟だ。同じ緑色の髪は理途夢よりも少し長さがあり、彼女は結わいていない。二人の見分け方については性別が違うというのは勿論だが、その髪型の違いと、緑だけが前髪に着けている音符型の黄色いピンもハッキリとした違いだろう。

 緑の声に気付いた理途夢は一瞬だけ振り向いて「だって腹減ったからさ! ラーメン食おうぜ!」なんて元気に返すと、またすぐ先へと走り去って行ってしまう。それを見た緑は「だから、待ちなさいっての!」と怒鳴っていた。緑はだいぶ苦労してそうだな……。
 実を言うと、二人の言い争いは日常茶飯事。二人の容姿は双子だからよく似ているのだが、性格は全然異なるように思う。故に衝突が絶えない。
 俺達の目の前に居た緑は、先を急ぎつつ「じゃあね!」とこちらに笑って挨拶をしてくれた。それに対して、俺達も笑って手を振り返す。そうして二人は風のように去っていった。

「本当に元気だよね。柚希はお昼どうするの? 僕は外で適当に買って食べるよ……コンビニ行こうかな」
「じゃあ、どうせだし俺もそこでお昼買うよ」 

 慌ただしくも微笑ましい双子を見送った後、ようやく俺達も学校を後にした。

 その後は二人で何気ないことを話しつつ、数分道なりに歩いた先にあるコンビニに寄って昼食を買った。普段学校の後の昼食に関しては、事前に弁当を作って持ち歩くか、一旦帰宅して自分で作ったりするのだが、たまにはこうやって楽をしてみるのも悪くない。
 俺はおにぎり二個とサラダに、温かい飲み物を選んだ。そして……カップに入った可愛らしいスイーツ二つも追加で。
 俺が買い物かごへと次々に商品を入れる一連の動作を眺めていた恋羅は、終始困惑するように眉をひそめていた。誤解の無いように釈明しておくが、俺の食事量はわりと普通だ。この反応は恋羅が酷く少食なことが理由となっている。決して俺の食い意地が張りすぎて、ドン引きされているわけではない。

「そんなに食べるのに……デザート二つも要る?」
「あはは……どっちも美味しそうだから選べなくて」
「柚希は本当に甘いものが好きだね」
「恋羅こそ、本当にそれで足りるのか?」
「うん、そろそろ肉まん食べたかったんだ」

 恋羅が昼食用に買ったのは、レジ横で売っている肉まんと甘い飲み物だけだった。これは……多くは食べられないにしても、やっぱり量が少なすぎて心配になる。恋羅がこんな感じなので俺もついつい世話を焼きがちで、なんだかお互いに心配しあう奇妙な関係が出来上がりつつあるかもしれない……俺も結局は、恋羅に心配してきすぎだの文句を言える立場ではなさそうだ。

「じゃあ、肉まんを追加で買うとか……俺が買ったデザート一つ食べないか? せっかく二つあるから!」
「え? 要らないよ……」

 うん……分かってた。あまりしつこく言って不機嫌にさせても良くないな、今回はこれくらいで退こう。


 買った昼食は少し道を戻った先にある大きな広場で、二人並んで白いベンチに座り、ゆっくりと食べた。俺達の周囲には、他にもたくさんの人が雑談したり各々楽しそうにして賑わっていた。
 この広場は俺もお気に入りでよく立ち寄っている……中心に設置された大きな噴水を名物として、住民達の間でもかなり人気な憩い場だ。通称がそのまま噴水広場である。
 広場の白く綺麗なタイルは陽の光を反射して輝き、大きな噴水がバシャバシャと飛沫を上げて広場全体に涼しげな音を響かせている。そこから放たれる冷気は夏ならばともかく、今の時期は暖かい格好をしていなければ、とにかく鳥肌が立ちそうな寒さを感じてくる。しかしそれは些細なことだ、こんな綺麗な場所に冬の間だけは立ち寄らないなんてのはとても勿体ない。
 昼食を食べ終わり一息ついたところで、俺は次の予定を思い出す。今日は“検査”の日だったな。
 俺は食べ終わった後のゴミをコンビニ袋の中へと綺麗にまとめながら、一応恋羅に声を掛ける。

「恋羅。俺、今日検査なんだけど……」
「ん? ああ……僕も今日だよ。面倒だけど行こうか」
「面倒って……すぐに終わるじゃないか」
「すぐ終わるとか、そういうことじゃないでしょ……はぁ……」

 検査。俺達は定期的にソレを行う必要がある。
 その“検査”を行う星雷中央病院は、ここ星雷地区において一番大きく設備の充実した病院だ。今居る噴水広場からはそこまで離れておらず、歩いて十数分程で着く距離にある。
 俺達は揃って病院へ着くと、受付に向かって簡単な手続きをし、別室に移動してから順番に検査を受けた。この検査内容は採血のみで、ものの数分で結果も出る。その結果に基づき軽く問診と、自分用に調整された薬を貰って完了だ。
 このように、始めから終わりまで大して時間は掛からないため、毎月やらないといけないとしても、特に大変だとは思っていない。何より自分の身体のことだ、しっかり確認はしておかないと。
 二人検査が終わってやっと合流すると、恋羅は少し元気がなくなっている様子だった。どうしたんだろう。

「えっと、注射痛かったか……?」
「いつも痛いんだけど……」
「毎回そう言ってるよな……あっ!」
「なに?」
「せっかく病院まで来たから、隣の研究所に行こうと思ってたんだけど……それで、夢津さんに渡したかった肝心のノートを忘れたみたいだ」
「あぁ、律儀にまとめてるやつね。別にいいじゃん、また明日来よう」
「うん……じゃあ、もう用事は済んだし帰ろうか……」

 ぐいっ。
 そう言ったところで、不意に恋羅が俺のコートを引っ張った。これは、実の妹にもよくされるので慣れている。掴みやすいのかもしれない。まだ何かあるのだろうか?

「恋羅、どうした?」
「…………あのさ……柚希、本当に体調は大丈夫? 別に悪くなってたりとか、してないよね……?」 

 問い掛けられた声は、随分と弱々しく小さい。下校途中で心配された時と今の状況では、明らかに言葉の重さが違うとすぐに分かった。
 意を決して恋羅の方を振り返ると、弱々しい声から予想していた通り、恋羅はいつものポーカーフェイスから悲しそうに眉を下げた表情になっていた。
 あぁ、また心配を掛けてしまっている……恋羅は普段から俺の体調に関することには特に敏感で、些細なことでも何かあれば逐一気に掛けてくる。それこそ、今日の学校帰りに俺がぼーっとしているだけでも心配してきたように。
 正直に言うと、俺はそれがとても心苦しい。
 俺はこれ以上、恋羅に心配させまいと明るく笑い返しながら、なんとか気のきいた言葉を考えて紡いでいく。もう、何度もしてきたやりとりだった。

「……恋羅、そんなに深刻に捉えないでいいんだぞ! この通り元気だし、検査結果も大して変わらないよ! 比較的落ち着いた状態なんだって。ほら、薬もそんなに多くないし……」

 俺は笑いながら、少し膨らんだ自分の肩掛け鞄を軽くぽんぽんと叩いた。……あれ、これは普通の人よりも多いのか? 

 失敗したかもしれない。その証拠に、恋羅は眉をひそめてあまり浮かばない表情で俺のことを見つめていた。完全に暗い空気になっている。
 俺が恋羅の視線を受け続けた数秒の沈黙のあと、少し俯き始めた恋羅から小さな溜め息が吐かれた。呆れ返るような態度、それは俺に向けられたものかと思って一瞬ビクついてしまったが、その後に続けられた言葉は予想外のものだった。
 
「こんな検査、意味ないよね。僕達は結局、遅かれ早かれ動けなくなるのは変わらない……治す気なんて無いんだ」
「えっ…………」
 
 納得がいかない、恋羅は半ばヤケクソに愚痴るように続けて吐き出のだ。その悲観的な言葉に、俺は衝撃を受けた。恋羅が俺達の置かれた現状に対していくらか不満を持っていることは当然分かってる。俺達の“毒”の治療も暫くは進展が無く、このままでは一生治らないんじゃないかという不安も薄々感じているだろう。しかし、それを互いにハッキリと口にすることは一度も無かったからだ。それをしてしまったら、いよいよこの世の中に絶望してしまいそうで恐ろしいから。俺達はいずれ“動けなくなるかもしれない”。そんな運命がこの先に待ち受けているなんて、いま頑張って生きていることが馬鹿馬鹿しくなってしまうんじゃないか。
 これは……なんだか、更に悪い方へと向かってしまっている気がする。俺はハッとして、すぐに反論をしようと口を開いた。

「恋羅! そ、そんなこと……あんまり悲観的になっちゃ駄目だ。だから俺達はまず、“怪物騒動”自体をなんとかしようって頑張って……」
「それも、いつに解決出来るか分からないじゃん。怪物をどうにかして、その後は? 束の間の安寧とただの時間稼ぎでしかない薬だけ渡されて、僕達“被害者”はその先どうなるの?」
「それは……」
「……ごめん、良くないこと言った。柚希だって、被害者なのに……でも僕は、本当に……こんな世の中が許せない……」

 どんどん身体に感じる空気が冷えていくようだった。震えている。恐る恐る恋羅の表情を見てみると、彼はその綺麗な顔をとても悔しそうに歪めていた。目元には少し、光るものが見えた。少し溢れたそれが、恋羅の頬を伝う。

 咄嗟にハンカチを取り出して拭ってあげようとも思ったけど、今は完全にそんなことが出来る空気ではなかった。

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