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​◆1.衝撃の出会い(2)

 寒風が段々と強まり吹き荒れる、鋭い冷たさが身体全体を容赦なく突き刺している。少し前までは、今よりも穏やかだったのに……まるで、俺達の心情を表しているかのようだった。

 あぁ、こんな筈じゃなかったのに。どうして……したくない話題をわざわざ持ち出してしまうんだろう。今まで、散々逃げてきたじゃないか。こんなの、弱い俺なんかの手には負えそうにない。

 そもそも、俺の体調に関することがきっかけでこんな重苦しい空気にまで繋がっていってしまったことが、本当に耐えきれない……。

 気付くと、周囲に居る人達からチラチラと気にするような視線をいつの間にか向けられていた。恥ずかしい、最悪な状況が加速していくようだった。なんだか、俺が悪いことをしてしまった気分だ。

 とりあえず、急いで話題くらいは変えなければ……!

 

「その……れ、恋羅が不安に思う気持ちはよく分かるよ……だから、別に謝らないでくれよ。恋羅の安心出来る日が早く来るように、もっと俺も頑張るよ!」

「……え? だから、そういう話じゃないよね? 僕が心配したそばから、また頑張るなんて言って……君は頑張るしか語彙が無いの? 無茶し過ぎだよ」

 

 ……心ない突き刺すような言葉、思いっきり元気じゃないか?

 まぁ、とにかく……いつもの恋羅の憎まれ口が聞けて、ようやく俺は安心して笑みが溢れた。大丈夫そうだ、もうひと押ししてみよう。

 

「あはは……それなら、無茶し過ぎない程度に頑張るようにするから! ほら、恋羅! 帰るぞ~!」

 

 俺は、恋羅に言葉では勝てないのを分かっていた。

 だから強行手段として、俺は恋羅の背へと回り込む。そうして恋羅の背中を後ろから優しく押した。物理的に押していく。もう帰ろうと、急かすように。

 正直ダメ元でそんな簡単には動じないと思ったのだが、意外にも恋羅は再び小さく溜め息を吐いてから大人しく俺に押されていき、その足で歩みを進めていった。暫くは押す手を離すと恋羅も止まるという繰り返し作業になっていたが、三回目位でもう馬鹿らしくなったのか、ようやく自力で歩いてくれるようになった。

 一先ず、俺は胸を撫で下ろせた。

 

 それからは並んで歩いていたが、俺も恋羅も何も話さなかった。恋羅が何を考えていたのかは分からないが、少なくとも俺はあのやりとりの後で、どんな話題を出せば良いのか悩んでしまった。何を言っても、この暗い空気を振り払える気がしない。

 そんなことをぐるぐると考えながら歩いて、ようやく互いに口を開いたのは先ほど昼食を食べた噴水広場の手前あたりだった。俺の家がもうこの近くだからだろうな。

 

「柚希、もう帰るでしょ?」

「帰るけど……せっかくだし、もう少し恋羅の家の方までは歩くよ」

「……じゃあ、僕の家まで送り届けてよ」

「それは……俺の家がどんどん遠ざかって悲しくなるから無理……」

 

 俺と恋羅が住んでいる場所は微妙に離れているので、家まで見送るとなると流石に距離的に苦しい。でも、やっぱり恋羅が外に一人で居る時間は、極力減らしてあげたかった。

 恋羅が、ふふっと小さく笑う声が聞こえた。先程の冗談で、俺のことをからかってすっかりご満悦のようだ。俺は感情がすぐ顔に出やすいため、その表情の変化が恋羅は楽しいらしい。そのせいで恋羅は度々、俺を困らせ動揺させるような言動を取ってくる。今も俺は、焦るような困り顔を晒してしまっていることだろう。いつものことだし、それで機嫌が良くなったなら別にいいか……なんて思いで反論するのは諦めた。

 

「気を悪くしないでよ、ごめんね。じゃあ僕はもう、あっちの信号渡っちゃいたいからこれで……柚希も気を付けてね」

「え……分かった、また明日」

「…………」

 

 恋羅はまた何かを言おうとしていたが、すぐに口をつぐみを背けた。俺も無理に追及する気は起きなかった。

 先ほど指し示した横断歩道の信号は丁度青色になっていて、恋羅はあっという間に道路を挟んだ向こう側の歩道へと走り去って離れて行ってしまった。いつもならもっと先まで一緒に歩いてから分かれているのに、今日は随分と早いことから……これは逃げられたようにも思える。やっぱり病院で合流してからのやりとりが良くなかったんだろうな。

 

「…………」

 

 恋羅、本当に大丈夫かな。

 ……怪物と、その被害者か。確かに、いつまでこんな日々が続くんだろう。恋羅とのこんな綱渡りのように、ギリギリ保っている関係性もそうだ。

 幼馴染みで普段からよく接していると言っても、俺達の間にはこんな風に時たま微妙な空気が流れる。そして、そのきっかけはいつも俺に関すること。体調のこととか、危ない目に遭ったりとか……。

 その原因は“俺の背中に残った大きな傷跡”のように、どうしても消し去ることの出来ない昔の出来事のせいだった。恋羅が俺に対してやけに優しく助けてくれたり、心配の言葉を口にするのは、“あの日”の出来事に対する罪悪感があるんじゃないかと思っている。ずっと俺に残る大きな傷と痛みは、自分のせいだと苦しんでいるんだ。

 だから恋羅の俺に対する優しさは純粋な親切心ではない。そんな罪悪感に苛まれた優しさは申し訳なさでいっぱいで、本当に素直には受け取れなかった。たくさん恋羅の時間を奪っている。恋羅の人生なのに自分じゃなくて、俺にばかり気を割いて……こんなの呪いを掛けてしまったようなものだ。

 俺は昔からそのことに関してどうにか解決策が無いかと色々悩み続けるうちに、段々とその話題を出すことは無くなってきた。恋羅も同じだ。というか、無意識にお互い避けるようになっていた。思い出させたら悲しい気分にさせてしまう、もしくは酷い言い争いになってしまうと分かっているから。

 それが、今の俺と恋羅の状態。普通に接することは出来るが、深くまでは突っ込まない。このまま、昔の出来事が風化して無かったことになれば良いのに……なんて思ってしまう日々だ。

 それもこれも全て“怪物”のせいだ。怪物が、俺と恋羅の人生を滅茶苦茶に壊した。いや、俺達だけじゃない……【陽厦】に住む人々が皆、あいつに……!

 

「…………っ」

 

 ……駄目だ、あまり良くない方へ考えるのは止めよう。

 いつの間にか、恋羅の姿はもう完全に見えなくなっていた。それに気付いて、俺もようやく遅れて帰路に着くことにした。  

 周囲を見渡すとまだ明るいのもあり、まだまだ人々で賑わっている。しかしそれとは反対に、俺の視界はどんどん暗くなって、周囲の音もかき消えていくような感覚がしてきた。家はもうすぐそこなのに、酷く足取りが重く感じる。頑張って、歩かないと。

 俺は気を取り直してやっと一歩踏み出した。しかし――ビュウッと、いきなり真横から一層冷たい風が吹いてきて、俺は再び動きを止めざる負えなくなる。

 

「うっ、寒い……」

 

 もう、散々振り回されて滅茶苦茶な気分だ。急に襲ってきたあまりの冷たさに、俺は風を遮るように反射的に手を前方に翳した。肌が出ている顔や、マフラーを巻き忘れた首もとは酷く冷える。本当にキツい。

 ふと、風の吹いてきた方向を見てみた。

 そこは先月に、大型の“怪物”が出現して暴れまわったとされる路地へと入る道だった。この件に関しては俺も自宅が近かったことから、大慌てした記憶がある。怪我人も複数出て、本当に大変な騒ぎになった。怪物は無事に倒されたものの人々の恐怖と混乱はなかなか拭えず、今では誰もが揃って気味悪がり全然この路地周辺を通りたがらない始末だ。

 しかし、何となく路地の中を覗いてみると……今日はなんと人が居るようだった。

 

「えっ……?」

 

 ――視界に飛び込んできたのは、鮮やかな赤色。

 そこには壁を一点に見つめ動く気配の無い、真っ赤なワンピースを着た白髪の少女が佇んでいた。しかも、靴も履かずに素足のままで。冬に差し掛かった今の寒い時期では、明らかに有り得ない格好だった。あれでは風邪を引いてしまうじゃないか……事情は分からないが、彼女をこのまま放っておくわけにはいかないだろう。

 俺は勇気を出して、彼女に声を掛けてみることにした。

 

「あの……だ、大丈夫ですか?」

「?」

 

 反応があった。俺の声はしっかりと届いたようで、彼女はこちらに気付き振り向いてくれた。赤い瞳がじっと俺を見据える。

 しかし、彼女は黙ったままで返答が無かった。よく見ると、困惑した表情をしているように見えた。そのまま硬直してしまっている。

 

「えっと……」

 

 どう言葉を続けたら良いか分からない。もしかしたら俺が何と言ったのか、上手く聞き取ってもらえなかったんだろうか。

 もう一度、話し掛けた方が良いのか?

 

「わ、私に話しかけてるの……?」

「えっ?」

 

 ぐるぐると悩み始めてしまっていると、彼女からやっと返答があった。しかし、また次の言葉に悩むような反応だ。当然、俺は彼女に話し掛けている。だって、俺の視線の先には彼女しか居ないのだから。いま確認してみても、俺の目の前には赤いワンピースを着た彼女だけが佇んでいる。

 

「ねぇ、聞こえてる……? 私のこと見えてるの……?」

「!? あっ……ご、ごめんなさい!」

 

 俺は咄嗟に頭を下げて謝った。人と話をしている最中に考えごとなんて、失礼すぎる。

 そうしてまた、下がった視線の先には寒そうな彼女の素足が入ってきた。その足は……何故だか地面に付いていないように見えた。目を凝らして確認してもやっぱり同じだ、まるで浮いているような……?

 俺はバッと勢い良く顔を上げ、改めて彼女の姿をよく確認してみた。それに合わせて、目の前の彼女もビクッと驚いた様子を見せていた。申し訳ない……いや、変な意味合いではなく、その身体はうっすらと透けていたのだ。後ろの壁の模様が透過して見える。

 次の瞬間には……俺の頭の中で、ある考えが過っていた。

 

「ど、どうしたの……? いきなり謝って……」

「いえ……あの、失礼を承知で聞くんですが、あなたはもしかして人間じゃなかったりしますか……? 何か他の種族とか……」

「………………!」

 

 我ながら本当に失礼な質問だとは自覚している。しかし、まずはこの疑問を払拭しなければ落ち着けない。彼女は――俺とは明らかに違う。それもかなり異質な存在に思えてしまった。

 ここ数年は気味の悪い怪物なんてのも彷徨いてるせいで、どうも見慣れないものに対して敏感になってしまいがちだ。彼女は、関わっても大丈夫なのか? 俺はそれをハッキリさせたかった。

 俺の問い掛けを聞いた彼女は顔を伏せ、顎に手を当てた典型的な考える素振りを見せた。眉間に皺も寄せて険しい顔をしている。俺は何だか緊張するような意味深な沈黙と、尚も身体に突き刺さるような冷たい風に耐えながら答えを待った。

 

 数秒待ったあと、やっと意を決したかのような真面目な顔の彼女が、俺のことじっと見据えてきた。緊張が走る……。

 しかし、それは先程まであれこれ悩んでいたような不安が一瞬で吹き飛ぶような返答だった。

 

「わ、分からないわ……!」

「…………え!?」

 

 分からない……それを聞いた俺は、一気に脱力してしまった。 

 いや、明らかに彼女は人間ではないように見える……人間ではないのかという質問に対して分からないと答えたあたり、彼女自身もその違いを自覚していることだろう。それなのに、自分が何なのか分からない?

 ふと気になった、俺が今の出来事に困惑するのは当然なのだが、彼女までも非常に困惑している。まるで、彼女も俺と同様に状況を上手く理解出来ていないような……?

 う~ん……どんどん拗れていく状況に、頭が混乱してくる。それに……いい加減、こうやって外に居続けるのもキツくなってきた。俺のことなんてお構いなしに、引き続きびゅうびゅうと吹き付けてくる冷たい風が本当にキツい。俺が風邪を引いてしまう。いつの間に、どうしてこんなに強くなってるんだ。重ね着をしている俺がこんなに音を上げているのだから、目の前の彼女もワンピースに裸足なんてもっと寒いんじゃないか……。

 

「そんな格好で、寒くないですか……?」

「えっ!? さっきの一声で力尽きちゃったの……もうさっきの話題はいいの!?」

「あっ、間違えました……はは…………」

 

 駄目だ、寒さでまともに頭が働かなくなってきている。なんでもかんでも、すぐに口に出してしまいそうな緩さだ。

 

「顔色が良くないわ、大丈夫……? い、いきなり困らせちゃってごめんなさい! でも、やっと私のことが“見えて話せる”人と出会えたから、どうしても助けてほしいの……!」

「助け…………は、はい! 困ってるんですね! 俺なんかで役立てるなら!」

 

 あぁ……結局、俺は寒さにやられてすっかり駄目になってしまい、すんなりと二つ返事で彼女からのお願いを引き受けてしまった。どちらにせよ、困っている人を目の前にして放っておくなんてこと俺には出来なかったと思う。

 まずは、事態の把握をするために彼女から詳しく話を聞くことにした。それが、これから共に奔走することとなる彼女との衝撃的な出会いだった。この出会いが思いがけないところで仕組まれたものだったと俺が知ったのは、だいぶ先のことだった。

​© 2018₋2025 Amayado

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