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​◆4.自分に出来ることを(2)

 二、三分ほど歩いてやっと研究所の入り口に着く。

 透き通る硝子の自動ドアを通ると、広々としたエントランス部分までは入れるが……そこから先にはまた固く閉ざすように分厚いドアが目の前を阻んでいる。研究所内には高価な精密機械や、貴重な薬品が多く保管されているらしいのもあって流石の警備体制だ。

 そこから更に内部へと進むにはどうしたら良いかと言うと、右側の壁に取り付けてある機械に関係者である証のカードキーをかざす必要がある。俺達は以前に専用のカードキーを作って貰っているため、目の前の機械を少し操作してから早速それをスキャンした。無事に認証されると、機械の小さなランプが青く点滅しながらピピっと小さな電子音を鳴らす。それと同時に、前で固く閉じていたドアが開いていった。

 ちなみにこの際に、不正行為や登録されていない人物の侵入があったりすると、カメラやセンサーですぐに分かって捕まるらしい。 ロボットでも出てくるんだろうか……?

 俺達は、すぐにその先へと足早に進んだ。

 

 研究所の中は病院と同様に、壁や床などあらゆるものが清潔的な白で、それをまた天井の蛍光灯が明るく照らしてる。ピカピカな廊下を進む途中で各部屋の扉前を通ると、時折中の方から会話する声がうっすらと聞こえてくる……しかし内容までは聞き取れない。

 外よりはマシなもののまだ少し肌寒さを感じる廊下のどんどん奥へ進んでいき、俺と恋羅はやっと目的の一室へと辿り着いた。

 うん、合ってる筈だ。

 

「……失礼します」

 

 軽くノックをしてから、俺はスライド式の扉をがらがらと開けた。

 室内はそこまで広くはなく、左側に長方形のテーブルが一台と、向かって右側には何やら資料や機材が収納された棚が二つほど並べられているくらいだ。中は全体的に綺麗に整えられていて、最低限の物しか置かれていない簡素な空間となっている。

 その空間に一人……右側の棚の横あたり、窓際に備え付けられたデスクで椅子に腰掛ける白衣の男性が居た。彼は前方に置いているノートパソコンの画面を、じっと見つめている。

 俺はまず挨拶をしなければと口を開きかけたが、それよりも先に目の前の男性がこちらに気付く。彼は椅子からゆっくりと立ち上がり、すぐこちらへと向かってきてくれた。

 

「何だ、お前らか……どうした?」

「夢津さん、こんにちは……! えっと、いま大丈夫ですか?」

「ああ……そんなに焦らなくても特に忙しくはないから、ゆっくりしていって良いぞ」

 

 白衣の男性――愛川夢津さんは、軽く返事をしながら優しく笑ってくれた。爽やかに短く切り揃えられた薄桃色の髪から覗く、青と緑の左右異なる瞳が印象的だ。夢津さんはまだ大学生でありながら歴としたここの研究員。そして、俺達が協力をしている人でもある。

 俺が夢津さんと出会ったのはもう五年前になる、丁度初めての「怪物騒動」が起こってから数週間後くらいだっただろうか。

 俺はその初期段階での被害者で、隣の星雷中央病院に数ヵ月ものあいだ入院していた過去がある。俺が受けた背中の傷は大きかったことから多くの黒泥が体内に入り込み、身体の苦痛も激しかったことから、入院生活は本当に大変な日々だった。暫くは穏やかに眠れなかったな。

 夢津さんとは院内で一度困っていたところを手助けてもらって以来、良き話し相手として仲良くなった。当事、夢津さんも怪物に怪我を負わされて入院していたらしかったが、俺よりも軽傷で症状も軽く済んだという。それでも、侵黒者となってしまったことに変わりはない。両親を追うように医者を目指していた夢津さんは今回の騒動を目の当たりにしてから、より強く人々を救う為に何か出来ることが無いか考えて行動するようになったという。

 夢津さんが開発段階にある治療薬の治験に参加すると聞いて、俺も勇気を貰い名乗りを挙げたのを覚えている。こんな俺にも役立てることがあるんだと……ただ憂鬱に過ごしていただけだった俺は、そのことがたまらなく嬉しくて有り難かった。

 今はお互いに協力しつつ、「怪物騒動」に抗うべく各々で奮闘している日々だ。夢津さんはこの研究所でひたすら、より良い治療薬の開発に試行錯誤のようだ。

 

「そこの椅子持ってくるから、二人とも遠慮なく座ってくれ」

「あっ! すみません……! ありがとうございます。今日は渡したい物があって来たんですが……ええと…………」

 

 俺は早速、肩から提げていた自分の鞄から目当てのものを急いで探し始める。昨日忘れてしまったノート、今日はしっかり持ってきた筈だ。

 先程から横でじっとしていた恋羅は、手に持っていたサンドイッチの入った籠を一旦テーブルに置いてから、夢津さんを手伝うようにもう一つの丸椅子を運んでいた。二人が話し込んでいる。

 

「咲雪、さっき持ってた籠は何だ?」

「柚希の妹が昼食用に作ってくれたサンドイッチ。美味しいよ」

「へぇ……兄妹揃って料理上手なんだな。ここに限っては俺権限で飲食して良いから、安心して食っていいぞ。あと咲雪も料理頑張れ」

「嫌だよ……面倒だし……」

 

 そんな二人のやりとりを他所に、自分だけ人に椅子を持ってきて貰っちゃって申し訳ないな……と思いつつ、俺はどうにか一冊のノートを鞄から引き出した。ふぅ、忘れてなくて良かった。

 そのあと恋羅に手招きされて、俺はようやく夢津さんの側に持ってこられた丸椅子に腰掛けた。

 恋羅をそれを見たあと、暫く背負っていた自分の荷物であるリュックをテーブルに置いて、代わりにサンドイッチの入った籠を再び持ち寄せてから椅子に座る。籠は恋羅の膝の上で、大切そうに抱えられた。よく見ると、手にはいつの間にか菓子パンが握られている。

 よし、落ち着けたから夢津さんにノートを渡してしまおう。

 

「夢津さん、これ……だいぶ記録出来たので、渡しておきますね」

「おおっ! そうか、ありがとう。助かるよ」

 

 夢津さんは、手渡したノートをすぐにペラペラと捲っていき目を通してくれていた。更には何故か横に居る恋羅までもがいつの間にか興味津々にソレを覗き始めてしまい、俺はそんな光景になんだか照れくさい気持ちになった。そんなにまじまじと見ないでほしい。

 

「あぁ、それと。火華、昨日検査だったんだよな……血液の方もちゃんと受け取ったぞ。本当にありがとう」

「あっ、はい!」

「血液?」

 ……ずっと静かにしていた恋羅が、そこで口を開いた。

 その怪訝そうな様子に、俺はすぐに嫌な予感がしてきた。そうだ、この話……確か恋羅には話し忘れていた。

 恋羅のこの反応には、夢津さんもハッとして、瞬時に俺の方へと視線を向けてきた。恋羅にこの事を話していいのか……やや困った様子で俺に目配せして訊ねているようだった。問題はないと思う、俺から話そうか。

 俺は、夢津さんに対して一度こくりと頷いてから、自ら手を上げて恋羅へと説明をし始めることにした。“一部だけ、ぼかして”。

 

「恋羅、実は……前に夢津さんから、治療薬研究の為に侵黒率が異なる血液がいくつか必要だって聞いたんだ。だから俺は丁度検査日も近かったし、病院側とも話をつけてもらって、昨日の検査で多めに採血してもらってそれを提供をしたんだ。サンプルが少ないと、役立つデータも全然取れないからって。恋羅には話し忘れてたな……ごめん」

 

 怒るだろうか……そんなことを心配しながら、恋羅の顔色を窺ってみると、意外なことに呆気に取られたような風だった。俺はそれに、驚きを隠せなかった。

 それから恋羅が、弱々しく呟く。

 

「……だから、昨日の採血で試験管の数が多かったんだ……僕はてっきり、柚希の体調がだいぶ良くないんじゃないかって…………」

 

 !

 ま……まさか、昨日恋羅の様子がいつもと違かったのはそれが原因で……!?

 

「れ、恋羅……昨日の検査後になんだか元気が無かったのって、そのせいだったのか……!? 聞いてくれたら説明したのに……!」

「……え? そもそも柚希が隠してたのが悪いんじゃん……」

「いや、だって恋羅と検査日が一緒だなんて知らなかったから……!」

「こら、落ち着け」

  

 またまた言い争いが始まろうとしていた俺と恋羅の間に、すかさず夢津さんの仲裁が入る。夢津さんは、そこから俺達が反論する隙を与えないようにまた言葉を続けた。

 

「前々からだが……お前らはよく一緒に行動してるんだから、もう少し話し合ったらどうだ? いつも言葉足らずだ、良くないぞ」

「うっ…………」

 

 とんでもなく正論だ。しかも今回は……完全に俺の方が良くなかった。恋羅が心配するって分かっていたのに、事前に説明と配慮が欠けていた。恋羅がこうして怒るのも、元々は心配があってこそだし……流石に反省したい。

 

「恋羅、ごめん……これからは、ちゃんと話すから」

「……良いよ。僕も聞かなかったわけだから、おあいこで」

「…………」

 

 なんだか、ちょっと引っ掛かるような態度に感じるのは気のせいか? うん、気にしないでおこう。

 

 今回研究に必要とされているのは、五年前の[怪物騒動]初期段階での被害者の中でも現在まで昏睡せず動き続けられていて、かつ“侵黒率の数値が非常に高い”状態の患者の血液。俺が恋羅へ説明のにぼかした一部は、この“非常に高い数値”という部分だ。

 ちなみに高い数値というのは七十から最高値である百まで……辛い現実だが、本来ならここまで侵黒率が上がってしまっている人はいつ倒れて昏睡状態になってもおかしくない危険な状態だ。薬を以てしても、それは逃れられない。

 それが、本当に貴重なものとなっていた。今や条件に当てはまる患者は、なんと都市全体で僅か十数人程度しか居ないと言われている。俺は今後の治療薬研究の為にも、その貴重なサンプルとデータをもっと多く収集する必要があるという話を、夢津さんから前々から聞いていた。

 丁度、俺は初期段階での被害者で、侵黒率は――八十。十分に該当していた。人々の命を救う治療薬の研究に、自分が協力できるというのなら願ったり叶ったりだ。

 この数値から察せられる通り、俺はもういつ動けなくなってしまうか分からない。だから今、出来ることを全力で頑張りたいんだ。

 そんなわけで、俺は研究への自身の血液提供を快く承諾したというのが今回の流れだった。昔に参加した治験のように、また人々の役に立てると良いな。今後に期待が膨らんでいく。

 

「研究に少しでも役立つと良いです。治療薬、完成しますかね……」

「ああ……まだやってみないと分からないが、完成に近付けるように頑張るよ。現状はなかなかに難しくはあるが、諦めるのは嫌だからな。俺だって、何も成せないまま終わりを迎えたくない」

「そうですね……」

 

 気を取り直して、夢津さんに渡したノートの話題に戻ろう。

 あのノートには、俺がこれまで“怪物”について記録してきたことがまとめてある。それは勿論、研究に役立てて欲しいからだ。

 まとめているのは主に怪物の大まかな出現場所の分布と、個体のサイズや特徴なども書き連ねて……それには知り合いの人から聞いたことも含まれている。頭を使った情報収集を得意とする恋羅とは正反対に、俺はこの沢山ある体力を活かして走り回っているわけだ。

 今後の対策に少しでも役立てるのなら、いくらでも頑張れる。些細なことだとしても、もしかしたらそれが重要な手掛かりに繋がるかもしれないから。

 俺は謎に包まれた危険な怪物の情報を集め解明することで、未だ防御体勢を取るしかない俺達にとっての、反撃の手立てを掴む希望に成り得ると強く信じている。俺が何故そこまで細かく記録出来ているかというと、俺はまさに“怪物を間近で観察する機会の多い立場”にあるからだ。

 

「本当に助かるよ。俺みたいな一般人じゃ、怪物を目にする機会すらも全然無くて苦労するからな……ん? この一番最近のやつはなんだ? 昨日に怪物は出てないよな」

「あっ、それは一応昨日見た不思議な生き物を急いで書いたんです。探知機は反応してなかったんですが、怪物としか思えない見た目だったので……いや、間違いないです!」

「お、おう……」

 俺はもう怪物を何度も見てきている、だから自信を持って言える。あれは怪物……第一、他にあんな姿の生き物なんて確認されていない。ただ人目を避けて、コソコソと落書きだけして回るのは謎だが……探知機にも引っ掛かっていなかったし。

 夢津さんは俺の言葉を聞いたあと、また昨日見た生き物に関するノートのページを食い入るように見つめていた。

「怪物に酷似していながら、異なる点も多いってことだな……それにしても、なんだかこの丸々とした姿には既視感のあるな……何だったかはなかなか思い出せないが」

「はは……動物だったら、うさぎに似てますよね」

「こいつによる被害は、特に出てないのか? 野放しになってるんだろ?」 

「はい。えっと、被害に関しては今のところ心配なさそうかなと……この生き物こそこそ隠れてるようで、人は襲ってないみたいなんです。ただ気になるので、一応これから捕まえてはみようと思ってます」

「捕まえる? 大丈夫か? あんまり危ないことはするなよ……」

「僕が側に付くから心配要らないよ」

「咲雪は別に強いわけじゃないだろ……まぁ、一人よりはマシか。二人とも怪我はしないように」

 探知機に引っ掛からない怪物、やっぱり捕まえるにはあやさんの力が必要だ。

「……俺が気になるのは、やっぱり怪物の変化についてだな。火華がまとめてくれた記録を見ても分かりやすい……最近の怪物は小さな個体が多かったり、被害者の怪我の程度も大半は軽傷で済むようになってる……そこから推測するに、怪物は年々“退化”しているように見えるんだよな。たまに大型のものが出現したりとか、例外はあるが……それともこれは、怪物なりに現状へと適応した“進化”なのか?」

「あぁ、言われてみるとそうですね……みんな数センチの浅い切り傷程度で、怪我だけで言えば治療に問題はないと報道されてます。それでも、傷口からの黒泥による身体汚染は高確率で避けられないみたいですが」

 怪物は躰は普段まさに泥のように柔らかいという。しかし、人間を攻撃する時だけは、その躰の一部を爪のように鋭く硬化し武器のようにして傷を負わせてくるらしい。

 そこから推測出来ることとして、怪物は人間に傷をつけられれば良いと考えているということになる。そして、傷をつける目的はやっぱり……怪物自身が持つ有害物質“黒泥”を入れ込むことにあるのだろうか。人々が侵黒者になること、それは怪物にとって一体どんな意味を持つのか……これからまた予想していない“何か”が起こり得る可能性もある、とにかく不気味だ。

 とりあえず、俺達はまだまだ警戒を怠れない。

 

「……怪物の目的は完全に、俺達へ黒泥を入れ込んで侵黒者にすることにありますね」

「ああ、それが一番可能性としては高いとされてる。その先の真意までは読み取れないが、どっちにしろ厄介なことには違いない……ところで、ご丁寧に二人揃って来たのは他に用事があったりするのか? ノート届けるだけで、わざわざ来てもらってたら悪いんだが……」

「あっ、実は夢津さんに聞きたいことがあったんです。街中にされてる落書きに関して何か知ってたりしますか? 俺は最近になって知ったんですが、なんだか怪物と関係がある気がしてならなくて……」

「落書き? もしかして、都市伝説みたいになってたやつか? あれが見つかったのは怪物騒動以降だし、確かに怪しくは思えるかもな。それに……あれは侵黒者にしか見えないらしい。俺は実際に見たことはないから、なんとも言えないが」

「えっ……侵黒者にしか見えない?」

「いま、調べてみるか」

 

 そう言うと、夢津さんは自身の机上に開かれたノートパソコンをおもむろに操作しだした。

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