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​◆7.灯神社(1)

 今朝に見た天気予報の通り、明るかった青空は今やすっかり灰色の雲に覆われて薄暗くなってしまっていた。そんな生憎の空模様とは相反して、俺の心は随分と達成感に溢れて晴れやかだ。

 依兎間の車両で送ってもらい再び駅まで戻ってきた俺は、また慣れない構内に戸惑いながらも急ぎ改札口を目指した。一時は不安だった俺の疲れと眠気は、先程の車の中で少し仮眠を取らせてもらえたので、今はそこまで酷くない。

 それから少しして、俺は遠くからぶんぶんと手を振ってきてくれている水無月と、隣に立つ愛川さんをどうにか見つけることができた。数時間ぶりに会った二人の手元には、何故だか新しくビニールと紙の袋が握られている……駅の中で何か買い物でもしたのだろうか?

 

「お兄ちゃん、おかえりっ!」

「ただいま……!」

 

 急いで二人の元へと駆け寄ると、水無月が勢い良く俺の懐へと飛び込んで来た。そのあまりの勢いに若干突き飛ばされかけたが、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて顔を見上げてくる小さな妹に、俺も嬉しくなって同じ様に笑みが溢れた。

 水無月は俺のことを信じて送り出してくれたが、やっぱり随分と心配を掛けてしまったようだ……また、こうして無事に合流出来たことを喜ばしく思う。

 そうしてすっかり安心していると、続け様に水無月が少し興奮した様子で俺へと訊ねてくる。

 

「ねぇっ、駅の近くに出てた怪物はお兄ちゃんが倒したの!?」

「……えっ!?」

 

 しまった、思わず大声を……。

 そうか、水無月はそんなに期待してくれていたのか……しかし、流石に怪物を一人で倒せる程の実力を俺は備えられていない。結局、俺が手伝いをした怪物も含めて、最終的にトドメを刺して倒したのは依兎間の人達だったのだ。

 でも、なぁ……素直にそう答えてしまうとなると。

 俺の返事を待つ水無月のことをちらりと見てみると、その赤い目を見事にキラキラと輝かせていた。とてつもなく期待している。うっ、これだとあまり消極的な返事をしては不味い……!

 そうだな……依兎間の人達もあれだけ褒めてくれたし、少し誇らしく答えてみても良いのかもしれない。遠慮するのも勿体ないだろうし。

 

「その、怪物を実際に倒したのは依兎間の人達なんだけど……倒すのに大きく貢献は出来たんだ。暴れまわる怪物の動きを止めて、上手く仕留める機会を作れた……と、思う!」

「そうなの!? わぁ、凄いね~! お兄ちゃん、たくさん頑張ったんだね。怪我もしてないみたいだし……完璧! 本当に良かった~! えへへ!」

 

 結局だいぶ自信の無い感じになってしまったが、俺の返事を聞いた水無月は嬉しそうに笑ってくれた。

 うん……本当に良かった、俺もそう思う。

 俺がこうして怪物を少しでも早く倒そうと頑張ったのは、大切な家族と出掛ける楽しい予定を、怪物なんかに駄目にされたくなかったからだ。幸いにも駅の中の混乱も今やすっかりと落ち着いていて、先程線路上に立ち往生していた怪物もとっくに討伐された。清掃作業と安全確認が終わってしまえば、また無事に電車の運行は再開させられそうだという。迅速な対応に、有り難い限りだ。

 しかし……せっかく早起きして八時半には駅に着いていたにも関わらず、騒動が落ち着いてようやく戻ってきた今現在は、もう十時となってしまっている。結果として完全に予定通りとはいかなかったので、俺はそれだけ悲しくなっていた。

 

「そうだっ! お兄ちゃん、少しお腹空いてない? 夢津さんが駅の中で色々買ってくれたんだよ、一緒に食べよう!」

「え? あっ、その袋……」

 

 水無月と夢津さんが各々持っていた二種類の袋の中身を見せてもらうと、一つにはおにぎりとお茶……もう一つの袋には甘そうな可愛らしいたい焼きが入っていた。なるほど、新しく荷物が増えていたのはそういうことだったのか。駅の中に居ても買い物が出来るなんて、本当に便利だ。

 

「お兄ちゃんのたい焼きはカスタードが入ってるんだよ! 私はいちごミルク味を選んだの!」

「ああ、こっちのおにぎりとお茶も軽くつまんでおけ。向こうに着いたらまた何か食べるって聞いたから少しだけだ」

 

 暫く俺達兄妹のやりとりを静かに穏やかな眼差しで見守ってくれていた夢津さんが、そこでようやく口を開いた。その心優しい気遣いと親切さがとても染み入る。今回の騒動発生時も夢津さんの存在は本当に心強くて、こんな非常時に側に居てくれたのは良かった。

 

「夢津さん……! ありがとうございます!」

 

 夢津さんから手渡された袋を、俺は丁寧に受け取った。

 その後に早速、俺達は飲食の出来るスペースに一旦移動してから水無月と共に買って貰ったものを食べた。

 暫しの穏やかな時間の途中で、正式に電車の運転再開の報せも流れてくる。無事に安全確認まで終えたようだ。

 

「今度こそ、気を付けて行ってこい。念の為もう一度言うが、帰る時はまた家まで送るから連絡してくれよ」

「はい! 行ってきます」

 

 ようやく、出発だ。

 夢津さんに見送られながら改札を抜けて、俺と水無月は夕雨地区へと向かう電車に乗り込む。実を言うと再開直後はとにかく人が多くて苦労しそうだったので、周りの様子を見ながら比較的落ち着いた頃合いの車両を選び、そのおかげでどうにか二人並んで席に座ることができた。一時間立ったままでは、流石にきついからな。

 手触りの良いふかふかの座席は、座り心地が抜群に良い。寒い時期だからか、座席の下の方からは暖房の温かさをじんわりと感じる。これなら……揺られる電車の中で、よく寝てしまう人が多いのも頷けるな。水無月も隣で小さく感嘆の声を上げていた。

 電車の広々とした窓から水無月と共に目を輝かせながら眺める景色は、映るものどれもが新鮮だった。聞くところによると陽厦の都市は、これから俺達が向かう灯神社周辺の土地から少しずつ発展していったそうだ。つまりは、全ての始まりの場所。

 もう数百年も前のことだ、初めは本当に何も無かったんだろうな……よくここまで成長したなと、花曇地区の実に壮観なビル群を眺めながら思った。色彩豊かで賑やかだ。美味しい飲食店とか、こっちにも沢山ありそうだからいつか花曇にも遊びに行きたいな。

 せっかく元気になれているから、今のうちに他の場所のことも沢山知っていきたい。

 

「みな、また時間が出来たら……今度は花曇の方に遊びに行こうか? ほら、色んなお店とか施設があって一日中楽しめそうだよな」

「ふふっ、お兄ちゃんったら、もう次のお出掛けの話? 良いね! 二人でまた計画立てて行こうね。その時には、お父さんとお母さんも一緒に行けたらな~」

「そうだな、もう一年くらいは会えてないか……前に貰った手紙には、まだまだ仕事の方が落ち着きそうにないって書いてあったよな。いつになるかな……」

 

 水無月の言う通り、両親の仕事もいつか落ち着いて、また一緒に出掛けたり楽しく過ごせる日々が戻ってくるのを願っている。両親の仕事に関して、詳しいことはどうしても教えてくれないから分からないけど、今はひたすら頑張っている二人を応援したい。俺が背中を押して、応援してもらったように。

 

 そう言えば、先程の“怪物騒動”だが……愛川さんによると中枢が緊急で会見を開いていたらしい。内容は事後報告のようなものだ。

 先の騒動で出現した怪物の数は計十九体、全ての怪物を殲滅するまでに約一時間掛かった。これでも、あれだけの怪物を相手にしたのには早い方だが……戦っていた依兎間の人達は本当に大変そうだったし、俺も懲りごりだ。普段は数日置きに何処かしらで一体、多くても二体ほど、同時に何体も出現することは稀と考えると、一日にこの怪物の出現数は異常でしかない。

 内訳として星雷地区で四体、花曇地区で五体、夕雨地区で八体、涼嵐地区で二体。これを踏まえると、やっぱり夕雨の戦況はとんでもなく感じた。怪物がどの地区より多く出たにも関わらず、一番早くに殲滅し終えるなんて……中枢から派遣されたという謎の人物“ヒガンバナ”は、藤谷さんの言っていた通りに相当の凄腕だ。そして、夕雨地区に怪物が集中した原因はやっぱり神様の社がある場所だからだろうか……真意は分からない。

 また、再び怪物が出現する可能性もあるため外出時には十分警戒するようにと改めて注意喚起もされた。街中には普段よりも多くの依兎間の隊員が配置されて、引き続き不測の事態に対応すべく警備にあたっているそうだ。

 そして、今回の大規模な騒動による怪我人は、現在分かっているだけでも五十二人に上るとのことだった。それも被害を受けた人々の大半は、怪物が出現した付近に居たせいで即攻撃を受けたのが原因だった。とても悔しいことだが、現在の探知機の性能が“怪物の出現後”でないと反応出来ない以上、依兎間が駆け付けるまでに多少遅れが生まれてしまうのが避けられない状態となっている。無いものを見つけろと言われても、なかなか難しいのは分かるが……とても悔しいことだ。また、侵黒者が増えてしまうのか……。

 

 結果として今回の騒動により、神出鬼没な謎多き怪物への対策はまだまだ課題だらけだということが改めて浮き彫りとなってしまったように思う。今後の対応次第では、人々の中枢機関への信頼が危うくなってしまいかねないだろう。

 ……実を言うと俺の方も、あの見るからに怪しい謎の落書きの調査の件が長引いて放置されてしまっていることに少し疑念を抱いてしまっている。あれも小さな怪物がやっていることなのだと分かったから、怪物騒動に関係しているのは間違いない筈なんだ。

 果たして中枢は、そこまで気付いているのだろうか…………。

 

 …………………………。

 

 それから俺は気持ち的に落ち着いたせいか、いつの間にか寝ていた。電車で片道一時間ほどの記憶がやけに少なかったのは、そのせいだ。

 兄として非常に申し訳ないことになったが、水無月に丁寧に起こしてもらって……このあとはまず事前に二人で話した通りに、駅近くの甘味処に寄って甘いものを楽む予定だ。

 しかし、駅の改札を出たところで、ふと水無月があることに気付く。

 

「あれ……お兄ちゃん。もしかして、あそこに居る人……」

「ん?」

 

 夕雨地区の駅構内は、俺達の住む花曇地区と同様に人でごった返している。それでも、水無月の視線を追った先には大きめのボストンバッグを肩から提げたやけに目立つ白髪の男性が、俺達の居る改札の方を眺めているのが分かった。あれだけ重そうな荷物を抱えているにも関わらず、体幹がしっかりとしているのか姿勢が真っ直ぐと安定している。服装は水色のラインが入ったグレーのスタンドカラージャケットに紺の長ズボン、それから手には黒い手袋を着けていた。

 まぁ、やけに細かく観察してしまったが……そこまでしなくても水無月が言わんとしていることは、俺もすぐに理解した。男性の白髪から覗く顔立ちを見ても、明らかに俺達兄妹にとって馴染みのある人でしかなかったからだ。

 しかし、もう一年は会えていないからどうだろう……こんなところで偶然にも会えるとも思えないので、信じられない気持ちもある。

 

 暫し二人で悩んで突っ立っていると、なんと向こうが俺達の存在に気付いたようだ。瞬時にパッと表情を明るく変えた男性が、そのまま手を分かりやすく頭上で大きく振りながら、こちらへと真っ先に駆け足で近付いてくる。あ、明らかに“そう”じゃないか……!

 そして次には、聞き慣れた声が俺達の耳に届いた。

 

「ゆず! みな! 久し振り!」

「!」

 

 俺達の名前、というか愛称……間違いない。俺達をそう呼ぶのは、この世でも血の繋がった家族くらいだ。その人からは、昔から何度も俺達兄妹に向けられてきた輝かんばかりの笑顔が溢れていた。

 俺達はそこではっきりと確信を持ち、男性からの声掛けに満面の笑みで応えた。

 

「父さん……!」

「あっ、やっぱりお父さんだ~!」

 

 予想外な出来事に、嬉しい気持ちが一気に溢れてくる。

 こんなところでずっと離れていた家族と会えるなんて……本当に、俺はすぐ目の前に父さんが居るんだという実感がなかなか湧きそうにない……。

 突っ立っていた俺と水無月は、そのまま近くまで駆けつけて来た父さんに二人揃ってぎゅっと抱き締められた。うぅ、力強い。

 ちょっと、周りに人が沢山居る中で照れくさくなったが、それよりも嬉しい気持ちが勝った。誰が見ても分かる通り、まさに今この瞬間はかけがえのない家族との思わぬ感動の再会となっていた。

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