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​◆7.灯神社(2)

 ……そんな感動の空気を最初に打ち破ったのは、なんと父さんの提げていた大きなボストンバッグに興味を示して、軽く引っ張り始める水無月だった。いや、俺も気になってはいたが。

 

「お父さん、この大きな荷物なに? 旅行するの?」

「いや、これは仕事用で……ちょっと、勝手に鞄開けようとしないよ。別に面白くないんだから」

「えぇ~……お母さんは……?」

「ああ、ごめん。今日はお父さんだけ、たまたまこっちの仕事があったから来てたんだ。お母さんは元気にしてるから大丈夫だよ」

 

 姿が見えないとは思っていたが、そうなのか……納得した。でも、元気なことが知れて俺は一安心だ。一方で、水無月は残念そうなのが隠しきれていないけど。

 ああ、あまりそう呼ぶ機会は無いが、父さんの名前は火華月都という。白髪なのは生まれつきだそうだ。年齢は四十……いや、まだ三十代だと念を押されていたのでそう主張しておく。

 

「それで、ええっと……会えて良かったよ! 本当に偶然だなぁ~!」

「………………」

 

 ……先程の様子からすると、父さんは明らかに“俺達を待っていた”ようだが。水無月も同じような疑問に抱いているのか、ひたすらに笑う父さんを怪訝そうに見つめていた。まさか位置情報が分かるとかいう機器が、俺達に取り付けられてたりとかするのか。

 …………いや、経緯はどうであれ久し振りに会えたんだ。それだけで十分嬉しい。それに、父さんがこうして何かをはぐらかすような素振りをするのは日常茶飯事だった。仕事のことだって、なんだか隠しているようだし、知られたくないのなら変に突っ込まない方が良い。俺達のことを考えて、敢えて隠しているのだろうということも何となく察しているから……安心してほしい、俺達と父さんの仲は全然悪くはないんだ。

 何しろ、父さんの性格や振る舞いには、ちょっと……子どもっぽさが抜けきれていないというか、父親らしい威厳が足りないような部分があり、それが俺達兄妹にとっては距離が近くて大変親しみやすくて楽しいんだ。今そうしているように。でも、母さんは昔から父さんのそういうところに呆れているみたいで、度々どついて説教していたりする。もっとしっかりしていられないのかと。

 いや……父親として格好いいところも、ちゃんとある。常に前向きで自分を貫き通す姿勢は見習いたいし、昔に俺が悩んでいた時みたいに……明るく背中を押してくれたりして、とても家族想いで頼りになる人なんだ。本当に。

 

「うん……二人とも、無反応だけど大丈夫かい? さっき街中にたくさん怪物が出たじゃないか、怪我とかはしてないよね?」

「……あっ、お父さん! それがね、お兄ちゃんが依兎間のお手伝いで怪物を一体倒したんだよ~!」

「へぇ、凄いじゃないか~! 流石、俺の息子だ!」

 

 そう言って、父さんは俺の肩をぽんぽんと優しく労うように叩いてくる。う、嬉しいが……また話が飛躍してしまっている……!

 

「いや、だから俺が倒したわけじゃないよ……! トドメを刺したのは依兎間の人だから!」

「ふふん、それでも大きな貢献だって。本当に頑張ってるな~、二人とも揃って仲良く元気そうで安心したよ。大変な時に離れちゃっててごめんね」

 

 そして、父さんは急に自身の黒い手袋を外したかと思うと、今度はその手を俺と水無月の頭にぽんっとそれぞれ置いて優しく撫でてきた。

 ……こうしたことは生まれてからこれまで何度もしてもらっているのに、本当に久し振りだったせいか俺は少し心が揺らいだ。これまでどうにか我慢してきた感情が、一気に溢れだしてしまいそうだった。見てみると水無月も……複雑そうな顔をしている。

 以前に兄妹二人だけの生活にそこまで寂しくはないと言ったものの、本当は……大好きな両親に、早く家へと戻ってきてほしい。また一緒に暮らしたい。でも、そんなこと言えるわけがない……向こうにだって、どうしようもない事情があると十分に分かっているから。

 

「大丈夫だよ、父さん。まだ仕事大変なんでしょ? 俺達はどうにかやれてるし、そんなに謝らないで」

「! ゆず……本当にいい子だなぁ。うぅ、泣けてくるよ。でもなるべく、早く帰ってこれるようにするよ。また家族揃って、二人の成長を見守りながら穏やかに楽しく過ごしたいからね」

「私、身長が少しずつ伸びてるんだよ! お父さん越すかも!」

「やだな、みなはそのままでいいんだよ~! ところで、二人でどこに出掛けるんだい? まさか灯神社?」

「お父さん、正解! まずはこのあと駅近くの甘味処に行って、それから灯神社に行くの! お守りが欲しくてね、あっ参拝もちゃんとするから!」

「そっか……灯神社ね……」

「?」

 

 灯神社、父さんはその言葉を含みのあるような言い方で復唱した。何か思案しているようにも見えるが……気のせいだろうか。

 

「……二人とも覚えてないかもしれないけど、実は赤ちゃんの頃にそれぞれ連れてきてたりするんだよ。いや~、もう二人だけで行けちゃうほどに大きくなったわけか~感慨深いな」

「え!? 赤ちゃんは流石に覚えてないよ!」

「あははっ、そりゃそうだ。はぁ……おれも着いていきたいところだけど、そろそろ仕事戻らないとだから」

「え! じゃあ、せめてお父さんにも何かお土産買うよ!」

「いいよ、いつ受け取れるかも分からないだろ? ありがとう。じゃあ、二人とも……どうか気を付けて」

 

 最後に、父さんは俺達に向けてにっこりと笑った。そして、そのまま背を向けてひらひらと手を振りながら、ゆったりとした軽い足取りで駅の出口へと離れていってしまった。

 もう行ってしまった…………案外あっさりとしたお別れで、俺は名残惜しさを感じながら父さんの遠ざかる背中を見つめているしかなかった。会ってから、別れるまで五分も経ってないんじゃないか?

 

「何だったんだろうね。お父さん、やっぱり忙しいのかな。いつもだったら、しつこいくらいになかなか私達から離れないのにね」

「そうだよな…………まぁ、元気にしてるなら良かったかな」

「うん! お母さんにも早く会えるといいなぁ」

 

 ちょっとした疑問を残したまま、父さんと別れたあとは早速俺達は駅を抜けて甘味処へと向かった。ここへ寄るのを、水無月は本当に楽しみにしていたんだ。

 店は長い歴史を刻んできた、趣ある木造建築でなんとも風流な佇まいだった。夕雨の駅付近……というか灯神社の周辺はこのように、良い意味で古めかしい落ち着きのある街並みが広がっているようだ。

 外観と同様に落ち着いた雰囲気で木材の温かみを感じる店内へと入ると、そこにはテーブル席がいくつか配置されていて、既に男女問わず多くの客が甘味を和やかに楽しんでいる様子が伺えた。俺達は入店するなり早速店員さんに案内されて、そのうち空いている一つに水無月と向き合う形で座った。

 事前に調べてみたメニューには冬限定のものや、他の季節限定のまであるみたいだったので、これはまた違う時期にも来れたら良さそうだと思った。兄妹揃って甘いものが好きなのは良かったと思う、今日の昼は贅沢に甘いもので目一杯お腹を満たしてしまおう。

 二人でメニューを広げて熟考した後に、水無月は苺と大福が乗った和風な抹茶パフェ、俺は寒かったのでこれまた苺の入った可愛らしいお汁粉を選び、二人で分けて食べる用にこんがりと焼かれたかりんとう饅頭とずんだ餅も頼んでみた。

 少しして……店員さんによってお盆の上に綺麗に飾り立てられて届いたそれらは輝く芸術作品のようで、見るからに美味しそうだ。丁寧にテーブルへと並べられたメニューの数々を一通り眺めたあとは、一足先に水無月が自分の頼んだパフェをスプーンでひと掬い、口いっぱいに頬張った。なんとも幸せそうな笑みが溢れている。良かった。

 俺もそれに続いて、温かな湯気を漂わせるお汁粉を掬って口に運んだ。

 

「! 美味しい……」

 

 苺の酸味と小豆の優しい甘さが絶妙で、この温かさも冷えた身体に沁み入る……本当に美味しい。お餅も柔らかくて食べやすく、これはもう何杯かいけてしまいそうだ。

 

「お兄ちゃん、このパフェも苺と抹茶アイスの相性抜群で美味しい! 大福は楽しみだから最後に食べるんだ~」

「良かった。俺のも美味しいよ、また来ようか」

「うん、また今度は別のメニュー頼んでみよ! そう言えば、“怪物調査”は順調なの? 最近忙しそうだよね」

「あ……」

 

 え? ちょっと……話題転換が、急すぎる。怪物調査だなんて。

 いや、俺が日々やっている怪物関連の調査のことは水無月にも話したりはするし、この事は把握しているので普通に何のことを聞いているのかは分かる。むしろ俺は何か隠したりすることが苦手なので、俺が日々頑張っていることをもはや身近で知らない人は居ないほどだった。

 しかし、今この楽しい雰囲気の中で“怪物調査”なんて物騒な話題をするのは確実に適していないだろう……と俺は心配になったんだ。

 本当に、ここで怪物の話を……?

 

「あれ、あんまり聞くの良くなかった?」

「いや……はは、そ、そんなことないよ。こんな時まで気に掛けてくれてありがとう。一応、最近はまた新しく発見があったりして多少進展はしてるよ。今はそれだけ……伝えておく……」

「へぇ~、お兄ちゃん相変わらず頑張ってるね。私も嬉しいな」

「へへ……まだ全然だけどね、いい感じではあるよ」

 

 別に何も後ろめたい事なんて無いのだが、何せ怪物に関する話題の為に、周りで食事をしている人達を気にしてお互い小さな声でそんなやりとりをした。

 こうして話を聞いてもらえるのは、有り難いことだ。例えどんな話題だとしても気楽に共有出来てしまうのは、普段どんな俺が言葉を溢しても水無月は柔らかな笑顔で優しく受け止め寄り添ってくれると分かっているからなんだろうなと思う。俺は信頼しているんだ、昔から大きな支えになっている自慢の妹だ。

 

 夢津さんの研究の手助けをする傍らで、俺は騒動を収束させたいとの同じ想いを抱く恋羅と共に、関わりがありそうなことを片っ端から調査していく日々。俺達の立場では、これが限界……とは正直言いたくないが、そうなんだろう。実際問題……怪物騒動は俺みたいな一般人が、どうこう出来るレベルのものでは最早なくなっている。

 ただ、俺は最後まで抗い続けて、この身勝手な惨劇の真相を少しでも多く知りたい。それだけで、俺がこれからの日々を頑張るのには十分な理由だった。応援してくれる人だって身近に沢山居る、みんなも頑張っている、立ち止まる選択肢なんてとうに無い。

 

「あのね……私が灯神社に行きたいって言ったの、あの可愛いお守りが欲しいからってだけじゃなかったんだ。お兄ちゃん、最近また張り切って頑張ってるからもっと私も応援したくて……灯様の加護も貰えたらなって。効果が絶大だって聞いたよ」

「! そうだったんだ、みなは本当に優しいな。ありがとう」

「えへへっ……でも、当の灯様はやっぱり今回の怪物騒動にも無関心みたいだね。それが、ちょっと悔しいな……」

 

 ぽつりと呟かれたその一言から、段々と水無月の微笑みに物悲しさが滲んでいく。それは俺にとって、とても胸が痛い光景だった。

 そんなことまで考えてくれていたのか、まだ小さな妹が……こんなにも苦悩してしまう現状に俺は更に悔しい気持ちになった。

 無関心か……さっき駅まで送ってくれた安達さんと会話した時には、いま灯様は“忙しくしているのだろう”といった感じに答えられた。今の陽厦で怪物騒動以上に優先すべきことが何なのか俺には分からないが、中枢からも特に灯様の動向に関して触れられることは滅多に無いのが普通だし、何かしら動いてくれていることを信じていくしかない……今のところは。

 とりあえず、今は大切な家族の悲しむ気持ちを少しでも軽減してあげたい。怪物騒動による現状がどうであれ、それに尽きる。

 

「みな、大丈夫だよ。さっき依兎間の人に聞いたら、灯様も忙しくしてるみたいで……きっと他のことで、ちゃんと動いてくれてる筈だよ。それに、俺はまだまだ元気いっぱいだし、自分が出来ることを出来得る限りこれからも変わらず頑張るから」

「そう……? あんまり無理しちゃ駄目だよ。じゃあ、私はお兄ちゃんのお手伝いする! 家族なんだからたくさん頼ってね」

「助かるよ、みな。それなら……帰った後で大丈夫なんだけど、今朝に聞いた俺の鞄から出てきたピンとその落とし主について、もっと知りたいんだ。ほら、また会うにしても何も分からないんじゃ意味がないから……」

「ああ、そう言えば忘れてるんだったね。分かった! 私も覚えてる範囲になるけど教えてあげるね」

 

 そう、俺の記憶の一部が消えていることも今朝に判明した。

 何も病気は見つからないのに、記憶が知らないうちに消えてしまうなんて――改めて考えてみると、そんなことが自然に出来てしまうのは、やっぱりこの身体を今も蝕む黒泥の仕業だとしか思えなかった。捉え方によっては、俺の消えた記憶が“怪物側にとって不都合だった”とも考えられるのかもしれない。怪物の意思が黒泥を介して働きかけて、侵黒者の言動を妨害してきているんじゃないかと……それが俺の見解だった。我ながら嫌な想像だが。

 ……しかし、俺の消えた記憶が不都合で妨害されたというのなら、逆にそれが怪物の弱点であったと証明されるたことになる。俺は着実に正しい道へと、前進出来ていたということだ。

 だとすれば、そう悲観しなくていい。今後はその身勝手な理不尽に抗う力を見つけていこう、消えてしまった記憶はきっと今後の鍵になるから。これは思わぬ希望だ。忘れてしまった記憶について、水無月からどうにか有力な情報を得られると良いのだが。

 記憶喪失と言えば、記憶と身体を失って孤独にひたすら彷徨うことになった“あやさんも”……無事であると願いたい。俺とはまた違って特殊ではあるものの、彼女にも以前怪物と何らかの深い関わりがあったと散見できることから、俺と同様に怪物による理不尽な妨害を受けたと考えられなくもないだろう。俺よりも酷い境遇に置かれる彼女は、いったい何をしたのだろうかと……ひたすらに気がかりだ。

 

 雑談を交えつつ、俺と水無月は注文した美味しいメニューをあっという間に食べ終えた。沢山の甘味を堪能できて満足だ。

 その後は持ち帰り用の和菓子を販売しているスペースが店頭にあったので会計の際に立ち寄り、二人であれこれ悩みながらいくつか友人へのお土産として選び追加で買った。勿論、帰ってから自分達で食べる用も忘れずに。

 これから神社へ行くというのに、つい浮かれて予定以上に荷物を増やしてしまったな……でも、手に持った袋からふんわりと漂ってくる甘い薫りでなんとも幸せな気分だ。

 

「お兄ちゃん、行こう!」

 

 逸る気持ちに溢れる水無月に手を引かれて、お次はようやく今回のお出掛けの一番目当てであった灯神社へと向かう。

​© 2018₋2026 Amayado

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