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​◆7.灯神社(3)

 神社は駅から少し歩いた先の山奥にあるらしいのだが、そこまでの道のりは看板で分かりやすく示されていた上に、綺麗な石畳で舗装もしてあったので歩くのに特に支障はなかった。周囲の木々はすっかり葉が地面に落ちて枝だけの寂しい状態になってしまっているものの、草木が生い茂るこうした自然の中で澄んだ空気を浴びて歩くのはとても心穏やかな気分になれて気持ちが良い。こうした広大な自然の景観も、夕雨の魅力の一つだ。

 神社に近くなると、今度は山道に添って綺麗に整えられた石段が現れる。事前に調べた情報によると百十一段あるらしい。混雑を避ける為か、石段は登りと降りで各々左右に分かれていた。

 俺達は登りなので向かって左側、それを一段ずつ登っていけば数分後には神社の象徴とも言える大きく真っ赤な鳥居が見えてくる。

 あの先が、灯神社…………ようやく辿り着いた。

 陽厦の人々から信仰される加護の神、“灯様”が祀られる場所だ。

 

「わあっ……! 広い! とっても綺麗だね~!」

 

 水無月と共に鳥居をくぐって境内まで入ると、本当に多くの人々で賑わっているのを実際に感じられた。わずか数時間前に、怪物による大規模な騒動が都市の各地で起きたとは到底思えない。

 それは俺達の日常において、そんな“非日常”が既に常態化してしまっていることを示していた。警戒や不安の感情は一時で、解決してしまえば大半の人々はもう気にしない……しかし、年中そういった負の感情に苛まれているよりは、一分一秒でも多く穏やかな気分に戻って日常を過ごすことが出来るのならば、そっちの方がずっと良いのかもしれない。ただそれは健常者に限られるんだろう……。

 

 神社の境内における各所への道筋は石畳の参道によって視覚的に分かりやすくされていて、それ以外のところには砂利が敷き詰められていた。入ってすぐ右手側には綺麗な手水舎、少し進むと今度は左手側に授与所と奥に恐らく社務所が、その反対側には何やら文字が書かれた可愛らしい花形の飾り板が色々と飾られているスペースがある。そして、真っ直ぐに延びる石畳の参道の最終的に向かう先には人々が参拝する為の拝殿と、奥に大きな本殿……という感じだ。

 まずは綺麗な手水舎の冷たい水でしっかりとお清めをしてから、真っ直ぐと進んで前方に建つ拝殿へと向かう。最初は神様に挨拶、というか参拝をしなければならない。

 参拝列に合流して、自分達の順番が来るまでの間は水無月と共に周りを色々と眺めてみていたが、やっぱり気になったのは先程も見掛けた通り拝殿の奥に建つ大きな本殿だ。改めて周りの建物と比べても……とても荘厳な雰囲気を纏っている。

 

「あの建物が一番大きいね~」

「あそこは神様の……家みたいなものかな」

「ということは、灯様って大きいの? 住んでるんだよね?」

「そ、それは分からない。会ったことないし……」

 

 灯様がどんな姿をしているのかも、一般人では知る由もない。中枢機関の職員でも、直接会えるのは上層部だけだと聞くしなぁ。

 神社の中は気になることばかりだが……俺も水無月と同じく分からないことばかりなせいで、そんな感じにお互いだいぶ適当なやりとりを暫く繰り広げることになってしまっていた。誰か、親切な人……教えてくれ。やっぱり、恋羅を無理にでも連れてくれば良かった。

 

 そうこうしているうちに、いよいよ俺達の番が回ってくる。

 用意しておいた五円玉を各々賽銭箱に投げ入れて、目の前の大きな鈴をからんからんと慣らし、二礼と続けて二拍手。祈り終わった後にもう一度、礼をするのも忘れないように頭に入れておこう。

 俺は手を合わせて目を瞑り、神様へと祈る。安達さんは、ここが一番灯様へと想いが伝わりやすい場所だと言っていた。

 

「………………」

 

 俺の、今の願いは……とうに決まっていた。

 最初は怪物騒動に関してのこと、俺の身体のこと、色々悩んだけど……それはきっと、既に多くの人が灯様へと願ってきているだろうと思ったんだ。

 だから、俺が今一番に望み願うのは、ようやく安心して楽しく笑えるようになった彼女のこと。今はまた、独りで悲しい想いをしているかもしれない……。

 ………………。

 

(灯様、どうかお願いします……)

(“あやさん”と、無事に再会できますように)

 

 幽霊のように朧気な彼女のことを認識出来る人が、俺以外にどれだけ居るのか分からない。そんな手を差し伸べられる人が限られた状況下で…………悔しいことに、俺一人では力不足なことを痛感した。

 一抹の望みを掛けて。上手く事を成せるように、俺は彼女との再会を願う。このまま、約束を破ってお別れなんてことにしたくないんだ。

 

 ………………。

 参拝を終えて、次はいよいよ水無月が楽しみにしていたお守りのお迎えに授与所へと向かう。丁度、次に長い列が出来ている先がそうだと分かったので、俺と水無月は最後尾に揃って並んだ。

 列の先頭になると、目の前に大きな横長の木箱が置かれているのを確認出来た。そこに貼られた紙を読んでみると……どうやら、お守りはこの中に入っているらしい。

 

「お兄ちゃん、ここにお金入れるんだって」

「分かった」

 

 早速投入口へと二人分のお金を入れる、するとその横に漢数字の二が表示され始めた。木箱の方からもカコンッと音がして、片手が入れられそうなサイズの丸いスペースが新しく開いた。なるほど、中は暗くてよく見えないし完全におみくじ形式だ。

 これは、少し緊張する。

 別にそれが理由というわけではないのだが、兄としてこういう時は妹に先に引かせてあげるのが務めだろう。ということで……。

 

「みな、先に引いて良いよ」

「いいの? やった~! 可愛い色が出ますように!」

 

 水無月の想いが届きますように、そう願いながら俺は静かに様子を見守った。そうして、木箱からそっと取り出された水無月の手に握られていたのは淡い桃色のお守りだった。

 

「お兄ちゃん、見て見て! 私とおんなじ色だよ!」

 

 自分の引いたお守りを確認した水無月の顔が、一瞬にして綻ぶ。確かに、水無月の髪色と似た可愛らしい色合いをしている。

 

「良いな、凄く合ってる……!」

「えへへっ、次はお兄ちゃんの番だね!」

「うん。よし、いくぞ……」

 

 無駄に悩んで時間を掛けても仕方がないので、俺は一思いに手近にあった一つを優しく掴んで取り出した。

 さぁ、どうだ……?

 

「! こ、これは……」

 

 ………………。

 何色だったか、と言うと……。

 

「白?」

「白いね……」

 

 そう、真っ白だった。

 水無月、そんな悲しそうな目で見ないでほしい……俺も予想外だけれども……。

 

「あはは……じゃあ、引き終わったから捌けようか」

「うん!」

 

 歩きながら手元のお守りをまた確認してみるが、やっぱり俺のは白い、本当に驚きの白さだ……事前に調べてみたラインナップを見る限り、どれも鮮やかな色が着いているのを確認したんだけどな。

 自分の引いた白いお守りをひたすらに見つめる俺を気にしてか、水無月からもすかさず「お兄ちゃん、白もふわふわな雪みたいで可愛いよ。逆に珍しくて良い感じ!」なんて恐らくフォローの言葉が飛んできた。いや、別に嫌だったわけじゃないんだ……ただ拍子抜けしてしまっただけだ。可愛くて、嬉しいのは変わらない。

 神様が授けてくれた素敵な贈り物だ、これから大切にしていこうと思う。普段持ち歩いている鞄にでも着けてみようか。

 

 その後は、せっかく来たのだからと神社内の景観や掲示物をゆっくりと眺めていった。本当に、綺麗で穏やかな場所だ。

 境内には大きく立派な桜の木がいくつも植えてあるが、今は惜しくも葉が落ちた状態だ。また春にここへと来れたら絶景なんだろうな……なんて想像をした。桜日に植えてある桜の木が特殊すぎて、感覚がすっかり麻痺していた。

 それから先程見掛けた、花形の飾り板がいくつか飾られている場所にも寄った。てっきり神社へと参拝に来た人々の願い事でも書かれているのかと思っていたが、よく見るとここに飾られているのはどれも神様の生い立ちやこれまでの歴史について刻まれているもののようだった。つまりは、神社の紹介的な展示物になるのか。

 こういったことは歴史の授業でも軽く学んだりするものの、そこまで詳しくはない……改めて良い勉強の機会になりそうだ。

 

「へぇ……この神社、昔に一度全壊してから再建してるんだね。こんなに綺麗だから全然分からなかった、凄いね」

 

 一足先に飾られている一つを読み込んでいた水無月が、そっと呟く。それは他の物よりも大きく目立っていて、書かれているのは海から飛び上がってきた大きな鯨のことだった。陽厦は海に囲まれた都市なので、当然ながら外からの脅威も潜んでいる。

 

「過去にあった都市への襲撃の一つか……この話はどこかで聞いたことある気がするけど、本当に物騒だな……」

 

 そこには当時、飛び上がってきた大きな鯨を灯様はどうにか迎撃して、また海へと還したと書かれている。その際に、狙われたのがこの灯神社だったということだ。今現在に至るまで再び動きだした形跡も無いことから、完全に脅威は去ったのだろう。

 しかし、これだけ立派な神社を全壊させてしまうなんて……当時起こされた襲撃の規模と破壊力がとんでもなかったことを容易に想像出来た。

 ここには神様の御神体もあるらしいが、灯様は本当に大丈夫だったのだろうか。これは神様に対する明確な殺意だ。もし当時この攻撃が確実に通ってしまっていたとしたら、陽厦の都市はそのまま蹂躙されて本当に危険な状況に陥っていたかもしれない。 

 山奥に位置する灯神社の周囲に他の建物や住居などが一切無いことも、こういった襲撃で真っ先に狙われやすいことから被害を抑えるべく取った措置なのだろう。

 ともかく、恐ろしいことをするものだな……。

 

「ねぇ……この鯨って海に沈んだってことだよね? そんなに大きいなら、もしかしたら水底にまだ骨くらいは残ってたりしそう」

「えぇ、恐いこと言わないでくれよ……もう数十年も前のことだし、仮に残ってたとしても流石に大半はボロボロに腐敗してるんじゃないか?」

「そっか。でも、迫力凄そう……写真とかあったら見たいかも……」

「……そう言われると、他の襲撃もどう対処したのか色々気になってくるな。そうやって昔から灯様や中枢の人達がこの都市を護ってくれてることで、俺達が平和に過ごせることにも感謝しないとな」

「そうだね~」

 

 俺は謎多き灯様に関してここでならもう少し知っていけるかと思い、その後も片っ端から飾り板を読み込んではみたものの……彼自身に対する印象は依然として曖昧なまま、まさに神秘な存在から何も変わらなかった。沈黙を貫く神様の素性と動向は、やっぱり中枢にしか知りえないのか…………一般人としての、限界を突きつけられた気分だった。ただ知識は明らかに増えたので、有意義な時間を過ごせたように思う。今後これが役立つ機会があれば尚良い。

 

 そうして二人で一通り神社の中を見終えて満足した後に、もうそろそろ帰ろうかとまた真っ赤な鳥居に向かおうとした時だった。

 

「会いに来てくれて、ありがとう」

「…………?」

 

 周囲の人々の賑やかな声に雑ざって、誰かのとある言葉が際立って俺の耳元へと入ってきた。あまりにも直接的で近い距離に感じたものだから、俺は自分が話しかけられたのかと思って、つい声のした後方を瞬時に振り返ってしまった。

 ……しかし、近くにはそれらしき人物は見当たらない。誰かの会話が、たまたま聞こえてしまっただけなのだろうか。どこかで聞いたことがある声だったような気もするが……。

 俺の視線の少し離れた先に、丁度またあの大きく立派な本殿がふと目に入った。ちょっと気になって、たまたま見てしまったんだ……。

 

「………………!」

 

 まさか……あの屋根の上に、“異質でそぐわない黒い塊”が鎮座しているのを見つけてしまうなんて。また、あいつだ。

 ぴんと立った二つの大きな耳に、ずんぐりとした躰。そこに居たのは、あの落書きをして回ってる小さな怪物で間違いなかった。今日は既に一度見たことがあったので、その姿をよく覚えている。我ながら目が良すぎて、気付いてしまったことに全力で後悔した。

 あれが人間を襲ってくる心配はほぼ無いと分かった以上、そこまで焦る必要は俺に無くなったが……今は側に水無月も居るので、確実に守ってあげる為にも気は抜けない。

 冷静に考えてみると、こんなに色んな場所であの個体を頻繁に見掛けるなんて異常だ。果たしてあれは短時間で移動できる手段を持ち合わせているのか、もしくは“何体も存在している”のか……なんだか、監視されているみたいで気味が悪い。俺は怪物のあの鋭く光る目が嫌なんだ。

 神社という神聖な場所にまであんなのが出現するとは、灯様の状況が益々心配になる。ここまで安全じゃなくなっているというのか……?

 

「っ!?」

 

 そんな時、唐突に自分のコートの裾をちょいっと引っ張られる感覚がして俺は驚きで飛び上がってしまった。普通に、水無月だったが……。

 

「お兄ちゃん? 今日は度々様子がおかしいね……あっ! これは悪口じゃないよ、心配になっちゃって! ぼーっとして大丈夫?」

「いや、ごめん……水無月、何か声だとか聞こえなかった?」

「声? 周りの人達のお喋りなら沢山聞こえてるけど……動物の鳴き声とか?」

「――ううん、な、何でもないんだ。今の時期はすぐ暗くなっちゃうだろうし、早く帰ろうか……!」

 

 さっきの声、水無月には聞こえていないみたいだ。

 やっぱり、俺の勘違い……でも、やけにはっきりと聞こえたんだ。まるで、真隣に立たれて話し掛けられたみたいに……それがもうすっかり恐ろしく感じてしまって、俺は一刻も早くここから離れようと水無月の手を引きながら足を早めた。あの小さな怪物とも、なるべく早く距離を取りたかった。

 

 その後は水無月と揃って神社を降りて、また綺麗な石畳の上を歩き夕雨の駅の方へと戻ってきた。そして無事に、星雷への帰りの電車に乗り込む。

 ……こうして帰ってくるまでの間もずっと視線を感じるような気がして、俺は不安になりながら何度も周囲を警戒してしまっていた。灯神社の本殿の屋根上に鎮座していたあの怪物が着いてきて、今も俺達のことを見つめてきているんじゃないかと心配で堪まらなかったのだ。幸いにも、そうはならなかったようで俺は安堵した。

 帰りの電車では水無月がうとうと眠たそうにしていたので、今度は俺が起きている番だと張り切ってそのまま眠らせてあげた。隣で小さな寝息をたてながら幸せそうに眠る妹をちらりと見て、俺はまたこうして元気に遠くまで出掛けられるようになれて良かったと思えた。とっても楽しかったな……。

 ただ……“怪物調査”の方はまた忙しくなりそうだ。

 帰ったら新しいノートを引っ張り出して、今日得た情報を忘れないようにまとめておこう。愛川さんと恋羅にも、今回のことを早めに共有しておきたい。

 

 考え事をしながら電車に揺られて、約一時間後。

 星雷の駅に着くと、改札口の向こうで既に夢津さんが待ってくれていた。帰りの連絡はしっかりと忘れなかった、今度は再び夢津さんの車で家まで送ってもらうことになっている。とても有り難い。

 

「二人とも、おかえり。なんだ、随分と大荷物じゃないか」

「あっ! 夢津さんにもお土産買ったんです、良ければどうぞ」

「おお……こんなにいいのか? 美味しそうだ、ありがとう」

「いえ! むしろ、まだ足りないくらいですから……!」

 

 夢津さんには、本当に沢山お世話になっているからな……。

 それと恋羅や理途夢と緑にも、それぞれお土産を買ってきてあるんだ。それ故に大荷物だった。休み明けにでも渡せたらと思う。

 

 今朝の騒動からもうだいぶ時間が経過したことから、街中の様子はすっかり普段通りに戻っていた。時間帯的にもう夕方近く、陽が落ちて暗くなってきたことから、街灯が優しく周囲の街並みを照らしている。

 

「…………火華」

「はい? 俺ですか?」

 

 車が住宅街に入って、そろそろ俺達の家が見えてくるあたりだった。俺は夢津さんから唐突に声を掛けられて、何だろうと小首を傾げる。水無月はというと、隣で再びうたた寝中だった。

 

「ああ、柚希……居るみたいだぞ、昨日話してくれたあの子」

 

 夢津さんはそう言いながら、車の進行速度を落として前方を注視し始める。俺が昨日夢津さんへと話した、あの子……その一言で、俺はすぐに理解した。それに該当するのは、たった一人だけだ。

 

「! まさか……」

 

 俺は急ぎ後部座席から運転席の方へと少し身を乗り出して、夢津さんの視線の先を辿る。車のフロントガラス越しにまず見えたのは俺達の家で……次にはその家の玄関扉前に、真っ赤なワンピースを着た白髪の少女が佇んでいるのが確認出来た。

 彼女は家に近づこうとしている車の存在に気付いたのか、ハッとした表情の顔を上げて俺達の方に目を向けた。

 

 その瞬間、俺と彼女の目が合った気がした。

 

 嬉しさで、胸がいっぱいになりそうだ。

 ずっと心配で会いたかった、“あやさん”がそこに居たんだ……!

➡8話 次回更新予定​

​© 2018₋2026 Amayado

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