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​◆8.和解?(1)

「恋羅くん、来るの何時なんだっけ」

「早起き苦手だから、十時頃だって。それまで、家事だとか済ませておかないとな」

「そうだね! お兄ちゃん、私も手伝うよ!」

 

 十一月が終わり、いよいよ今日から十二月に入る。

 

 陽厦の都市における学校はどこもそうなのだが、妹の水無月の通う中学と、俺の通う桜日は、毎週土曜と日曜の二日連続休みとなっている。そして今は、二日目の休日である日曜の朝。

 

 だいぶ疲れきっていたせいか、昨晩はよく眠れた。

 改めて思い返してみても、昨日は大変だったり楽しかったりで……とんでもなく目が回るような一日だった。まぁ、水無月の欲しがっていたお守りは手に入れられたし、久し振りに父さんにも会えて、嬉しいことも盛り沢山だったし、総合的には良かったと言えるかもしれないな。

 そんなわけで、今日は家でのんびり休むことになったのだが、特に予定が無いという訳でもない。先程に水無月と会話した通り、今日はうちに恋羅が来る予定だったりする。

 俺が以前に頼み込んだ“街の各所にされている謎の落書きに関すること”を更に詳しく調べてくれたらしく、その情報共有も兼ねて話し合いたいと昨夜メールで伝えられたのだ。

 俺はいつも通りに早起きして朝ごはんを食べ終えた後に、約束した時間まで洗濯や掃除などの家事をこなしながら恋羅が来るのを気長に待った。昨日の曇り空とは正反対に、窓からは明るい陽射しが入ってきてぽかぽかだ……家の中でゆっくりするのもなかなか良い。

 

 …………。

 ………………。

 暫くして、十時半あたりにうちの呼鈴が鳴った。

 

「あっ! お兄ちゃん、恋羅くん来たよ! じゃあ、私は真面目な会議の邪魔しないように自分の部屋で編み物でもしてるから、恋羅くんにはゆっくりしてもらってね」

「会議って……そんな大袈裟なことじゃないよ。お昼にはパンケーキ作るから、その時また呼ぶよ。一緒に食べよう」

「わぁ、いいね! 楽しみ! 恋羅くんにも作ってあげてね~」

 

 横で家事を手伝ってくれていた水無月と暫しの別れをした後で、俺は急いで玄関へと向かい扉を開いた。

 予想通り、そこにはまだ少し眠そうにしている恋羅が立っていて、丁度口元を手で隠しつつ大あくびしている最中だった。

 

「…………あ、開けるの早いね。邪魔してごめん」

「いや、全然……むしろわざわざ来てくれて有難いくらいだよ。直接話せた方が分かりやすいし、助かるよ」

「うん……君が分かりやすいように、説明用にタブレットも持ってきたんだ。夢津が大雑把に調べたことなんかよりも、有意義な筈だよ」

「いや、まだそれ引き摺ってたのか、そんなに対抗意識持たなくていいから……」

 

 それはさておき、確かに恋羅はいつもとは違う紺色のトートバッグを肩から提げていて、見るからに持ち出しているのは最低限の荷物だけ。その中に、タブレット端末が入っているようだ。あれはスマホを少し大きくしたみたいな電子危機だった気がする……少し重そうだよな。よく分からないけど、多分そうだ。

 

 話しながら玄関先から居間にまで招き入れたところで何か気付いたのか、恋羅は隅の方に置いてある俺の鞄に視線を落とす。

 

「あぁ……昨日、灯神社に行ってきたんだっけ。あのあと僕も少し調べてみたんだ、これがお守りでしょ? 水無月が言ってたみたいに、マスコットみたいで可愛いね」

 

 恋羅は柔らかな笑みを浮かべて、続けて俺の鞄についている可愛らしい白のお守りに優しく触れた。そう、早速着けてみたんだ。ゆらゆらと揺れて可愛らしく気に入っている。恋羅はそこまで詳しくないからか、色のことまでは突っ込んでこなかった。

 そうだ、恋羅にお土産を渡してしまおう。

 

「恋羅、昨日お土産も買ったんだ。美味しい和菓子だよ、良かったら受け取ってくれると嬉しいな」

 

 俺は冷蔵庫に丁寧に保管していた小さな紙製の手提げ袋を取り出し、そっと恋羅の前へと差し出す。

 

「え? あ……ありがとう……」

 

 恋羅は少し意外そう顔をしてから、俺が手渡した土産を受け取ってくれた。袋には夢津さんに渡したものと同じで昨日寄った甘味処の和菓子がいくつか入っているが、ラインナップはまた異なる。

 恋羅は堅いものや味の濃いものはあまり好まないから、柔らかい餅や優しい味わいの饅頭などを中心に選んだんだ。きっとこれなら食べてくれる筈だ。

 

 手提げ袋の中を少し覗き一度微笑んだ恋羅の表情を眺めて、俺がホッと安心したのも束の間ーーその後すぐに恋羅の視線は、居間のある一点へと移し変えられた。

 何があったかと言うと、そこにはやや緊張した面持ちで俺達のやりとりを眺めていたあやさんが、気まずそうに立っていたのだ。

 

「恋羅、見えてるんだよな? この人が、前に俺が話してたあやさんだよ。昨日出掛けてから家に帰ってきた時に、無事に再会出来たんだ」

 

 初対面である恋羅は気付かないが、以前から面識がある俺からすると、現在のあやさんの姿には劇的な変化が起きていた。

 服は赤いワンピースの上に、新しく白いパーカーを羽織っていて、足元には膝下丈の白い靴下も履いていた。彼女は寒さを感じないと言っていたが、見ている側としては安心するような温かそうな格好に変わっている。

 そして、前髪に着けていた特徴的な二つのピンは、なんと一つだけになってしまった。下に隠れる彼女の赤い瞳にはうっすらと青色が現れるようになっていて、まるで赤と青が混ざり合おうとしているかのような少し不思議な色合いのグラデーションが瞳の中でキラキラと輝きを放っている。

 この劇的な変化には、あることがきっかけしているのだが……それは、まぁ、後ほど説明しよう。

 

「は、初めまして……柚希くんのお友達さん、よね?」

「そう、恋羅だよ! そんなに怖がらなくて大丈夫、こう見えて恋羅は優しいからね」

「………………」

 

 おずおずと挨拶をするあやさんに対して、恋羅は何も返事をしようとせずに、ただじっと彼女のことを見据える。いつものあの鋭い眼差しだ。相変わらず恋羅は、あやさんを警戒している。

 そんな二人の様子を交互に眺めながら、俺は暫くひたすら笑みを浮かべていた。恋羅が何か意地悪なことでも言うんじゃないかと、内心ひやひやしっぱなしだが。

 重い空気の中で、ようやく口を開いたのは恋羅だった。

 

「……本当は気が進まないんだけど、何かあったら困るから。柚希から、ある程度の話は聞いてるよね?」

「あっ、ええ……大体は…………」

「柚希からは、あの落書きをして回る怪物を捕まえるのに君の力が役立つからって、疑わしい点に関しては保留にしてほしいって頼まれてはいるけど……流石に、“会う約束を反故にして失踪した”ことについては問いておかないといけない。君の居なかった間には、大規模な怪物騒動まで起きてるんだ。失踪してから戻ってくるまで、何をしてたのか嘘偽りなく説明してもらいたい」

 

 横で聞いている俺も少々圧倒されてしまうほどの、冷静でいて淡々とした問い掛けだった。さっきまで、少し眠そうにしていた人間とは思えない……! 

 ただ、恋羅が指摘してくるとしたらやっぱりそのことだろうなと予想は出来ていた。俺も再会してから、真っ先に彼女に聞いたくらいだから……既に彼女の身に起きた事の顛末は、全て知っている状態である。

 だから、俺が代わりに説明してあげることも出来るが――。

 

「…………ええ、勿論。私はあなたの求める通り、全部正直に話すわ。私は手を差し伸べてくれた柚希くんと、友人であるあなたを裏切り騙すようなことなんてしたくないって、心の底から思ってるから……!」

「……そう」

 

 一呼吸置いて、彼女はしっかりと恋羅に応えた。

 初めこそ怯んでいたものの、恋羅からの冷たく鋭い視線を真っ直ぐに受けて、今のあやさんは頑張って目を逸らさずグッと気力を振り絞っている。そのか細い手に若干力が入っていることから、非常に緊張している様子が窺える……。

 

 実を言うと、予め彼女には少し助言をしてある。

 誤解されがちだが恋羅は決して意地悪なんかじゃない、どんなに冷たい態度を取ってきたとしてもしっかりと話は聞いてくれる筈だと。その際に大切なのは“自分自身の言葉で、誠実に対話しようとする”こと……恋羅は人と接する時に、相手の人柄をよく観察して見極める傾向にある為だ。ここで印象が悪いと、恋羅はそこからなかなか態度を崩さなくなる。つまり確実に親交は築けなくなるだろう。

 あやさんは自らの潔白を誠実に示そうと選択して、今まさに勇気を出してくれたんだ。一見すると単純なことだが、それが恋羅に対して最も効果的なのである。

 

 あやさん、頑張れ……!

 

 そういうわけで、現時点において俺の出る幕は無い。

 大丈夫。俺はあやさんを信じているし、きっと想いは通じる筈だ。今はそれを信じて、見守ろう。

 しかし……二人の横で静かにやりとりを見ているだけでも、俺は胃がキリキリと痛むような感覚だった。とんでもなく重い空気だ。

 

 それからは、あやさんが慎重に言葉を続けていく。

 

「一昨日に、柚希くんとの約束を破ってしまったのは……あの、落書きをして回る怪物を近くで見掛けて、そのまま追い掛けていたら元の場所に戻れずに迷ってしまって。前に柚希くんが“あの怪物を捕まえたい”って言ってたから、戻ってきたら居場所を教えられるように見失ってはいけないと……後先考えずに……」

「じゃあ、その後は?」

「怪物騒動というのが起きた時はただ恐くて、建物の影に隠れていたわ。早く騒動が収まるのを願いながら隅に縮こまってただけで、私は何もしてないの……その後に帰ってこれたのは、またあの落書きをして回る怪物が近くに通り掛かったから、一か八かで追い掛けていたら、いつの間にこの付近に戻って来れて……周りの建物や道を何となく覚えてたから、そこからは必死に柚希くんの家に向かったわ。本当に、それだけなの」

「………………」

 

 話を聞き終えた恋羅はそこから何か考え込むように、あやさんから目を逸らして微動だにしなかった。

 果たして、しっかり理解は出来たのか?

 

「はぁ……」

 

 数秒後、ようやく彼から吐き出されたのは小さな溜め息だった。これは果たして、どういう意味合いになるのだろうか。

 俺は固唾を呑んで見守る。

 

「……僕の解釈が間違ってなければ、君は“ただひたすら例の落書きをして回る怪物に振り回されてしまっていただけ”ってことになるんだけど。まさか、柚希もこう話されたの?」

「! そ、そうだよ。あやさんは正直に話すって言ったじゃないか」

 

 びっくりした……完全にただの傍聴人として油断していたところで、急に恋羅から問い掛けられたものだから、俺は酷く動揺してしまった。決して、何かやましいことがあるわけではなく。

 あやさんからこの話を聞いたとき、俺はとても心苦しくなったのに。だって、また誰にも見えず頼れないまま一人になってしまって、更には怪物が彷徨くなかを隠れていたなんて、恐ろしい感覚だっただろう。

 

「僕が何を言っても……柚希は、彼女の肩を持つね」

「……え? 急に、何なんだ?」

「いや、僕が言いたいのは……あやさんのことを本当に信頼してるんだなってこと。柚希は時折危うく感じるくらいには純粋だから、僕はてっきり騙されてるんじゃないかと思ってたんだ……でも、これだけ言っても君の意志は固く変わらない。そう信じることが出来る理由がしっかりとあるってハッキリした、だから僕はもうこれ以上お節介焼くのは止めるよ。一旦ね」

「恋羅……!」

「僕も――ああ、少し失礼かもしれないけど、実際あやさん……を目の前にして、こんな人が何か巧妙な罠を張るだとか、平気で嘘を並べて人を騙すなんて、そんなズル賢い芸当出来るように思えなくなっちゃって……ずっと真面目に警戒してた自分が馬鹿馬鹿しい」

「へ? いや、失礼すぎだな!」

 

 あまりの物言いに、俺は思わず全力で突っ込んでしまった。

 俺が困惑している横で、少し笑った恋羅は再び真面目な顔であやさんへと向き直る。すっかり拍子抜けしたような彼女に向けられた眼差しには、もう先程までの冷たい鋭さは無くなっていた。

 

「……一応だけど、勘違いしないでよ。柚希からこれだけ色々言ってもらえてるし、柚希の優しさに免じてだから。感謝するなら柚希に。あと、君が最初に捻り出した言葉も少しはね」 

「! あ、ありがとう……」

「今はとりあえず信じる。その代わり、後で何か裏切るようなことがあった場合は、柚希が叩かれることになるから十分に気を付けて」

「さっきから、何でもかんでも俺なんだ…………」

「当たり前でしょ、君が連れてきたんだから。責任持って」

 

 つまり……これで一先ず和解できたってことでいいのか。それも今後の動向次第ということには変わりないが、良かった。

 ああ、今後と言えば――。

 

「そうだ! あやさんのことは昨日に進展があって、今後どうするか決まってるから、それも一応恋羅に話しておいた方がいいか……? 別に要らない……?」

「手際が良いね。分かった、全部聞くからどうぞ」

 

 へ……和解した途端に柔軟で優しい。数分前まで、あやさん関連のことにはピリピリと警戒していたのに。俺は心の中で、ひそかに涙が出そうなほど感謝してしまった。

 

「恋羅、ありがとう……」

「どういたしまして」

「あっ、声に出てた……こほんっ! 昨日は、送迎してもらう関係で夢津さんも一緒に居たの知ってるよな? 実は夢津さんも、あやさんのことが見えて、三人で色々話したんだ。なんでも、夢津さんはあやさんの姿に見覚えがあるらしくて、これから所内で関連する資料が無いか探してみるって言われたよ」

「所内って……病院じゃなくて、研究所の中ってこと? 入院患者じゃないの?」

「いや、それが……少し特殊なケースらしいんだ。病院から研究所にまで話がいってる患者に該当するかもとかで……それで、昨日の夜八時あたりだったかな? 夢津さんからメールで資料が見つかったって報告されたから、明日の学校終わりにでも今度はあやさんと研究所に来てほしいって言われたよ」

「へぇ、なんだか結構上手くいってるみたいだね。ただ、やっぱりトントン拍子で上手く事が進みすぎな気もするけど……」

「それは、警戒しすぎじゃないか? 大丈夫だって」

 

 そうそう、あやさんの姿の変化についてだが、昨日“俺の鞄に入っていた同じデザインのピンを実際に見せてみたこと”がきっかけだったんだ。簡単に推測してみるに、この変化は目の前のあやさんがピンの落とし主本人であることの証明なんじゃないかと思った。

 俺は過去に、あやさんと会って話したことがあるんだ……それを確信出来たというのに、俺もあやさんも共に記憶が抜け落ちてしまっているせいで、いまいちピンと来ない結果となってしまっているが。ただ希望は見えた……きっと関連する物や事象に実際に触れることが、あやさんにとって重要な鍵になる。もしかしたら、今の変化した状態でまた俺とあやさんが出会ったあの路地に向かったら、他にも何か思い出せるかもしれない。試してみる価値はある。

 

 ……それと、俺は今回この一連の出来事を恋羅に共有するのはまだ保留にすることにした。俺の持っていたピンのことを話したら、自ずと“俺の記憶まで抜け落ちている“ことまで話さなくてはならなくて、それだと……また恋羅に余計な心配事を増やしてしまうだけだから、単純に嫌なんだよな。

​© 2018₋2026 Amayado

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