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​◆8.和解?(2)

 幸いにも、恋羅はそれ以上あやさんに関して追及してこなかったため、話題は早々に切り替わっていった。

 

「じゃあ……もうそろそろ本題に移ろう。約束した通り、例の落書きについてもう少し調べてみたから聞いてね」

「うん!」

 

 ようやく、俺達三人は居間の丸いローテーブルを囲んで腰掛けた。俺の向かいに居るあやさんは……幽霊状態で壁も床も身体が透けて座れないために、なんとなく座っている体勢をその場でとっている。とても丁寧だ。

 そして恋羅は、早速自分のトートバッグからタブレット端末を取り出し、ローテーブルの上に置いてから、それを非常に慣れた手つきで操作し始めた。あやさんと共に感心しながら見ていると、早速その画面にはいくつかの画像がまとめて表示されていく。

 

「この画像はこれまで発見された例の落書きの一部、それを見つけた人達が模写してネットにアップしてくれたものをいくつか集めたんだ。夢津が言ってた通り、あれは侵黒者にしか見れないらしくて、しかもカメラにも写らないから写真も撮れない。だからこうして模写するしかない、侵黒者が肉眼で見ないと駄目なんだ」

「侵黒者が肉眼で? それって、なんだか怪物の心臓と同じだな。あれも、ガラス1枚隔てたら、途端に見えなくなっちゃうし」

 

 怪物討伐の協力にあたる侵黒者が、わざわざ依兎間の特隊と共に現場に出向かないといけない理由はそこにある。直接でないと、弱点である心臓の位置が見えないからだ。

 

「そうだね。そのことからも、この落書きと怪物には深い関わりがあると判断出来る。まさかただのいたずらだと思ってスルーしてたものが、こんな事態になるなんて……もっと精査するべきだったよ」

「恋羅、それでこの落書きに意味あるのか?」

「さぁ? 今のところ共通してるのは白い特殊なインクで書かれてるってことくらいで、場所によって書かれてるものが微妙に違うみたいだし……僕としては“書いてあるものに大して意味は無い”と思ってる。考察も複数見掛けたけど、あんまりしっくりこないかな……あぁ、あとこの落書き触ってたら気分が悪くなったとか言ってる人も居るみたいだよ」

「気分が悪く!? 中枢は、落書きに危険性無しって公表してたじゃないか……!」

 

 まったく、滅茶苦茶だ……思い返してみると、確か俺はあの落書きを初めて目にした時、インクを軽くなぞってみる程度はしてしまった記憶があるんだが。間違いなく。

 もし、あれ以上長く触れていたら、俺の身にも何か問題が起きていというのだろうか……と嫌な想像が過った。

 

「それで、次に移るけど。落書きがもう何ヵ所にも見付かってるっていうのは知ってるよね、ネット上でもその場所を報告しあってる専用の掲示板がひっそりと存在してたんだ。全部じゃないけど、それらの位置を集めてマップ上に記していくとある法則が浮かんでくる」

 

 次にタブレット端末へと映し出されたのは、ここ星雷地区のマップだった。その中でそこかしこに記されている赤い点が、きっと例の落書きの位置を示しているのだろう。

 俺はマップを凝視してみる。

 なるほど、ある法則か……。

 うん、そうだな…………………………。

 

「あ~…………えっと、バラけてる……? え?」

「フッ……うん、落書きはそれぞれ一定の距離を保たれてて、近くに追加で書かれることはない。それも正確に、落書きの間隔は半径約二キロメートル。予め計算された位置に書かれていってるみたいだね」

 

 ちょっと笑ったな?

 まぁ、確かに語彙の無い間抜けな返答をしてしまった自覚はあるが……恋羅は即座に上手く解釈してくれたことだし、これは優しさが勝ったと捉えて不問にしよう。

 というか、予め位置が計算されているのが本当なら――。

 

「恋羅、もしかしてわざわざ直接確認しに行かなくても、落書きがされてる場所の見当はつくかもしれないってことか?」

「その通り。その上で、僕が何を言いたいかというと……」

 

 続けて恋羅はタブレットに映し出した星雷地区のマップ何ヵ所かを、とんとんと軽く人差し指の腹で叩いて示した。そこにはまた別に赤い輪っかで囲むような印がつけられている。

 

「この赤丸の位置は比較的に僕達が歩いてでも行ける距離にある、まだ落書きの報告が挙がってない場所。実際に見てみるまでは分からないけど、君があの落書きをして回る怪物を捕まえたいなら、この周辺を捜索して待ち構えるのがいいかもしれないね。近くに怪物が居た場合は、あやさんがすぐ気付けるだろうし」

「! なるほど……これなら効率的にやれる、ありがとう恋羅!」

 

 ちゃんとそこまで考えてくれたのか、よく上手く先のことまで考えを巡らせられるなと常々感心してしまう。行き当たりばったりになりやすい俺とは大違いだ……本当に助かる。

 一応、俺もあの怪物を捕まえられたらどうするかについては考えてはいる。ええと、普通に研究所へと連れていって調べてもらうだけだが……それでも怪物の亜種となれば、騒動の解決に役立つ新しい情報を得られるだろうから。

 

「まだ、そう上手くいくか分からないけどね。君達があんまり外を無闇矢鱈と走り回るのも可哀想だから、あっ僕も柚希が無茶しないように、ついて回る約束だったっけ……ただ、一つ気を付けて。これまでに落書きが発見されてる付近では、全て過去に一度でも怪物が出現した記録がある。あの落書きをして回る小さな怪物とは別に、“陽動”として他の怪物が出現してくるかもしれない」

「あっ、それは俺も考えたんだ! 怪物が暴れてたら人は避難するし、見付からずに行動できる絶好のチャンスになるなって。それで探してみたら、本当にあの小さな怪物が居たんだよ。落書きもされてた……」

 

 あの時に小さな怪物にされたことを、ふと俺は思い出した。

 あれにわざわざ怪我を治してもらったこと……それに伴い、怪物にとって“俺達侵黒者は重要な存在”となっていて、再度襲われること可能性はほぼ無いかもしれないこと……その怪物を灯神社の大きな本殿の上にも見掛けたことも、全て恋羅に共有した。

 

「夢津さんが、前に俺のノート見ながら気に掛けてただろ? 怪物が年々その爪を小さく鈍くしてるのは退化か、それとも進化か。ようやく理由が分かってきたよ……一見退化に見えた怪物の変化は、人間を出来るだけ傷付けないように進化してるってことだったんだ」

「なるほど。あんまり意識してなかったけど、よくよく考えてみたら侵黒者がまた怪物に狙われた事例は一度も聞いたことないね。そうだとしたら、僕達は今まで何を恐れてたんだろう。依兎間の人達はこのことを知ってる?」

「分からない……今度、聞いてみようかな。俺達侵黒者を守りながら怪物の相手をするのも大変そうだから、それで多少楽になったら良いよな」

 

 それから、恋羅の表情が少し曇る。

 

「あと……僕としては、やっぱりこの怪しすぎる大規模な落書きをそのまま放置する陽厦中枢機関には、どうしても疑問が残るんだ。現状からして、中枢はあの落書きを“残しておくことを良しとしている”可能性も否めない。今も増え続けてるし、犯人への抑止や対策も見える限りでは第一報以降から何もしてないように見える」

「うん。俺もあれからずっと、そのことが気になってるよ……擁護するにも、怪しすぎる点が多いし」

「僕はこのあたりを、どうにか明確にしたい。落書きの件について区役所を通して中枢に意見書を送ることは出来るけど、上手くはぐらかされるだろうと予想してる。出来れば、職員の人と直接話せればいいんだけど……なるべく位の高い人を」

「急に!? む、難しくないか……? 相手は大人だぞ……」

 

 話がとんでもなくなってきたが、中枢の職員か……そう言えば、前に俺を助けてくれた女性がそうだった。あの人の中枢での位は分からないが、だいぶ親しみやすく話せたし、もしかしたら何か聞き出せるか……? いや、強迫するような真似はしない方向で!

 

「あの、また会えるかは分からないんだけど、前に親切にしてくれた女性の職員さんは居たよ。その人だったら――」

「あっ! 前に私のせいで柚希が道路に危うく飛び出しちゃいそうになったところを、素早く助けてくれた人ね! 遠目からだったけど、覚えてるわ!」

「わー!? あやさん!?」

 

 何で、さっきまで静かに俺達の話を聞いてただけだったのに!

 急に、全部、詳しく、言ってしまった!

 よりにもよって、恋羅の前で!

 せっかく、隠していたのに!

 

「………………」

 

 恐る恐る恋羅の表情を窺ってみると、予想していた通り……鬼のような形相へとすっかり変わっていた。背後からまるで、唸るような黒く禍々しいオーラが湧き出しているように錯覚してしまうほどの迫力だ。

 

「はぁ……柚希、やっぱりこの子は君に危害を加えようとしてたんじゃないの? 危ない目に遭わせたって?」

「違う違う! ただの俺の不注意だから!」

「わ、私もごめんなさい……!」

 

 こうなってしまったら、なかなか収まらない。

 それを皮切りにして、三人でわぁわぁと説教と言い訳と謝罪合戦が始まってしまったのだ。お互いの主張を譲れない、絶対に負けられない戦いが……!

 

 たん、たん、たん……。

 

 そんな騒々しい中でうっすらと聞こえてきたのは、階段から一人足早に降りてくる音。そう、今日俺達は家にいて、なんとこの争いを唯一止められる希望が存在することを思い出した。

 

「二人とも~?」

 

 次には、騒々しい中で頑張って張り上げるような少々可愛らしい声が居間に響いた。

 ちょこんと現れたのは、自室で穏やかに編み物をしていた妹の水無月だった。どうやら騒ぎに気付いたらしい、これだけ煩ければそりゃそうだろうとしか言えない……すっかりご立腹なようで、ぷんぷんとした様子で頬を膨らませている。

 

 こんな水無月の前で引き続き騒ぐなんて度胸が俺にある筈も無く、その声を聞き取って瞬時にきゅっと口を結んだ。

 隣をちらりと見やると、恋羅も同様だ……明らかに動揺しているようで、水無月から少し視線を逸らしながら気まずそうに黙り込んでいる……やっぱり、俺には散々言うくせに水無月には反抗しないんだよなぁ。何でなんだろう、威厳が足りないのか?

 

「お兄ちゃん、また余計な考え事してるね? もうっ、せっかくの楽しいお休みなんだから仲良くしてね」

「あっ、はい……ごめん、みな……」

「恋羅くんもね、分かった?」

「ごめんなさい」

 

 あやさんも、水無月からは見えないながらもしゅんと凹んでいた。いや、彼女の声は俺達にしか聞こえないんだし完全にとばっちりだろう。

 そうして、短めの説教を終えた水無月は一度満足げにニコッと笑ってからまた二階の自室へと戻っていった。

 

「じゃあ、柚希……さっき言ってた中枢の職員に会えたらで良いから、落書きについて聞いてみてほしい。やり方は君に任せる。僕は駄目もとで意見書送ってみるから……はぁ、声出しすぎて疲れた」

「俺もだよ……うん、分かった。じゃあ、そろそろ休憩挟もうか。部屋に荷物置いてくるよ!」

 

 居間のスペースは限られているから、真面目な話し合いも終わったことだし俺は余計なものを片付けようと動いた。

 

「あ、私もついていっていい……?」

「? いいよ」

 

 了承すると、あやさんはまるで助かったと言わんばかりに嬉々として側についてきた。それがまだ関係性が微妙な恋羅と共に居間に取り残される“気まずさ”を感じてのことだと俺が察したのは、その数秒あとだった。というか、まだ恐いんだろうな……。

 恋羅の開いた口からまた何か小言が吐き出される前に、俺は「じゃあ、荷物置いてくるよ!」と急ぎ自分の鞄やノートを持ち出して、その場をそそくさと後にした。

​© 2018₋2026 Amayado

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